「馬鹿だろう」
「うっ・・・」
開口一番放たれたルルーシュの辛辣な言葉が僕の胸に突き刺さった。
存在意義
「あんな大声で。近所迷惑を考えろ」
「うぅ・・・だって、」
「だっても何もない。俺の名前まで出しやがって。絶対女子寮の方まで聞こえたぞ。明日会長になんて言われるか」
そう言ってルルーシュは大きくため息をついた。
アッシュフォード学園の名高き生徒会長ミレイ・アッシュフォードは、大のお祭り好きで有名である。つまり好奇心旺盛。そしてそれと同時に、ルルーシュの過去を知る数少ない人間の1人でもあって。当然、ルルーシュとユーフェミアの関係についても、それこそスザク以上に熟知している。間違いなくルルーシュは明日、ミレイの玩具にされるだろう。自分でやっときながら少し申し訳ない気持ちになる。
「とりあえず中に入れ」
部屋の入口で立ち話をしていた僕にルルーシュが入るよう促してくれる。よかった・・・部屋には入れてくれるようだ。ルルーシュを本気で怒らせたら、それこそ門前払いだ。きっと話も聞いてくれない。それを考えると、思ったほどは怒っていないのかもしれない。
「お邪魔します・・・」
一言断りを入れてから恐る恐る部屋に踏み入ってみると、
「今さら何を遠慮してるんだ?」
鼻で笑われた。
決定だ。ルルーシュはどうやら怒っていないらしい。でも、さっきのやり取りでは少し苛立っているように見えたんだけど・・・いや、苛立ちというより、
「ルルーシュ、少し疲れてる?」
「ん?あぁ・・・あれだよ、あれ」
言われてルルーシュの指さす方向へ顔を向けると、得心がいった。
「・・・なるほど。会長さん?」
机の上にはこれでもかというほど積み重ねられた書類の山。これだけの量をたった1人に任せてしまうのは、優秀な部下への信頼か、はたまたそうでもしなければ間に合わないほどに切羽詰まっているのか。きっと両方なのだろう。
「あぁ、さっき来て置いてった。何でも朝一で必要になる大事な大事な書類らしい。よくもここまで、しかもこの土壇場で溜めこんだもんだ・・・」
「あはは、大変だね副会長さん」
「笑いごとじゃないさ」
眉間に皺を寄せてわざとらしくため息をつく。
でも僕は知ってる。それはポーズだけ。なんだかんだ言ってもルルーシュは優しい。文句を言いながらもいつも最後まで面倒を見てくれるのだ。存外に世話好きなのだろう。そして、頼られないと、必要とされないと自身に価値を見いだせない不器用な人。自信がないわけじゃないだろうに。本当に、愛しい・・・
「・・・そうだね。僕になんか手伝えることある?」
「いや、あとは不備がないかの確認だけだからお前はそこら辺にでも座ってろ」
さっき運ばれてきたという書類があとは確認だけときたもんだ。さっきというのが2、3時間前だったとしても異常な処理速度である。
「さすが・・・」
会長が信頼するわけである。本当にこの幼馴染は・・・。
「もうすぐ夕食の時間だな。食べていけるんだろ?ついでに泊っていけ」
「うん。明日は軍も無いし。お言葉に甘えさせてもらうよ」
了承の意を込めて頷けば、満足そうな笑みが返ってきて思わず頬に熱が集まる。反則だ・・・そんな笑顔。
なんだかどうにも居た堪れなくなってしまい、座っていたベッドの上にあるぬいぐるみを抱きかかえて体育座りをすることで顔を隠した。
(なんて言ったっけ、コレ・・・)
なかなか愛嬌のある顔立ちをしている。初めてルルーシュの部屋に来た時は驚いた。予想通りに簡素な幼馴染の部屋の中で唯一、場違いに置かれたぬいぐるみ。無駄に笑顔なのが余計にその存在感を浮きただせていた。というか、来る度に増えている・・・。2、4、6、・・・7体か。いったい幼馴染はこんなに集めてどうするのだろうか。いつか幼馴染の部屋がこの得体のしれないぬいぐるみ達に占拠されてしまうのではないかといらない心配をしてしまう。
「ん?」
視線を感じて顔を上げると、幼馴染がこちらを見て微妙な表情をさせていた。
「何?」
「・・・・・・」
問いかけても答えがない。一体何に・・・この人形か。
確かに、健全な17才男子高校生がベッドの上で人形を抱えながら体育座りしている姿は気持ち悪い以外の何物でもないだろうけど。でもね、言っとくけどコレ、君のだからねルルーシュ。
「何でもない・・・」
すごくもの言いたそうな顔つきで、でも再び机の方に向き直ってしまう。
さびしい、な。
同じ空間にいるのに自分の方を向いてくれないというのは淋しい。こういう時、想いが通じ合っていればな、と思う。両想いなのと、片思いなのとではどちらの方が淋しさを感じるのだろう。どの道まだまだ先は長そうだ。幼馴染はまだ、僕の気持ちすら知らないのだから。僕が女の子だったら・・・もうちょっと進展はあったかな。もちろん男だからといって諦めるつもりは毛頭無いが・・・こういう時はやはり不安になってしまう。きっと、さっきまでユフィと話していたせいだ。ルルーシュの初恋相手、かもしれない娘・・・女の子らしくて、ふわふわとした、優しい、優しい綿菓子みたいな女の子・・・
「ねぇ・・・」
「・・・なんだ?」
ルルーシュは机に向かったまま顔も上げずに答える。
「ルルーシュの初恋相手、教えてよ・・・」
「お前、まだそんなことを言ってるのか」
「だって、ルルーシュが教えてくれないから」
「初恋の相手なんて誰かに教えるもんじゃないだろ」
「そうだけど・・・」
「お前、なんでそんなに気にするんだ?人の初恋相手なんて・・・」
「・・・気になるんだもん」
「だから何で」
「気になるから・・・」
「その理由を聞いている」
少しの沈黙。
でもルルーシュはまだ机の方を向いたままだ。
その姿に・・・
「・・・き、だから・・・」
「何?聞こえな、」
「好きだから・・・」
「は?」
「ルルーシュが好きだから、気になる・・・」
言ってしまった。
言うつもりなんて全然無かったのに・・・まだ早いって分かってるのに。でも、ユフィのことを思うと焦りが生まれてきて、そしてルルーシュのことを思えばこそ好きだという気持ちが溢れて出てきて・・・これ以上留まり続けることなど出来はしなかった。
沈黙が2人を支配する。
ルルーシュはまだ何も言わない。僕も、何も言えない。・・・ルルーシュの反応が怖くて怖くて、顔も上げられない。今になって、ルルーシュの親友の位置すらも失うかもしれない恐怖が襲ってきた。ダメだ・・・目が熱い。頬も耳も、顔全体が熱を持っているようで。気を抜けば涙が溢れてしまいそうだった。はやく・・・、早く何か言って、ルルーシュ・・・。心臓の音がこれ以上無いほど早鐘を打っている。この時間が無限にも続くかと思えてきたその時・・・
「はぁ・・・」
びくっ・・・。
(ため息・・・?)
「お前、よく真顔でそんなことが言えるな」
「・・・え?」
僕は勢い良く顔を上げた。ルルーシュが半身を捻ってこちらを見ている。
「普通、男同士の友達が面と向かって好きですなんて言わないぞ」
そう言ってルルーシュは仕方がない奴とでも言うように笑っていた。
生まれて初めて、片思いが、本気で辛いと思った。
+++
あれから咲世子さんがやって来て、僕らは夕食を摂った後、再びルルーシュの部屋に戻ってきていた。ルルーシュはまた机に向かっている。そんなに忙しいんだったら、なんで泊まれだなんて言ったんだよ、と少し腹立たしい気持ちもあるけど、今は少し有難かった。
正直、あんなことがあった後で平然と話が出来るほど僕は図太くない。
鈍い鈍いとは思っていたものの、あそこまで鈍いとは思わなかった。確かに好きにも色々あるだろうけど。でも普通、その違いは雰囲気で分かるものなんじゃないかな。まさか、あの告白が友情で片づけられるとは思ってもみなかった。もしかしなくても、あれ以上直球な言葉じゃないとダメなんだろうか・・・。あれでも勇気を振り絞って言ったのだけど。もう一度なんて、無理だ・・・。思った以上に、ルルーシュの言葉が重く圧し掛かる。
(男同士の友達は好きだなんて言わない、か・・・)
分かってはいても、当人に面と向かって言われるのは・・・やはり辛い。
「はぁ・・・」
「スザク?」
思わずため息が出てしまった。ルルーシュが窺うように僕の方を見る。その顔にはありありと心配してます、といった感情が浮かんでいる。
こうして、大事にしてくれるのに。惜しみのない愛情を捧げてくれるのに。どうして僕はそれだけじゃ足りないのだろう。満足できないのだろう。
初めてルルーシュからの愛情が欲しいと思ったのはずいぶん昔のことだった。
最悪の出会いをして、最悪の自己紹介。最初はいつもケンカばかりしていて。でも、ナナリーに対する態度が自分のそれとは全然違うってことに気が付いて。それが分かってからはよく2人の側にいるようになった。そうしていくうちに段々と打ち解けて・・・自分から突っかからなきゃケンカにならないんだってことも分かった。もしかしなくてもこどもだったのだ。そうして、今までよりも近い位置で見ることの出来るようになったその笑顔は、兄というよりも母親のそれでいて、あまりにも眩しくて、慈愛に満ちていて。ナナリーに向けるその笑顔が、その愛情が、欲しいと強く思った。
ルルーシュの愛情はすべてを包み込む無条件の愛だ。きっと幼心にもそれが分かって、だからこそ余計に欲しかったのだろう。自分には母親というものがいなかったし、父親は母親の代わりには到底なれないような人だった。ルルーシュの笑顔は母親の象徴だったのだ。憧憬とも言えるのだろうか、とにかく欲しくて堪らなかったものが目の前にあるのだ。
幼かった僕はルルーシュに必死でアピールした。ルルーシュに気に入ってもらえるように。ルルーシュに必要とされるように。ルルーシュに好きになってもらえるように。・・・ルルーシュに愛されるように。その為に僕はどんなことでもやった。
惜しみなく努力した僕はやがて、ルルーシュからの信頼を得るようになり、そして信頼を得るごとにルルーシュは笑顔を見せてくれるようになった。
そうして勝ちとったルルーシュからの笑顔は、格別だった。
きっと、今ではもうナナリーと僕にしか向けられることのない笑顔。それがどれほどの優越感を生んだか。どれほど僕を幸福にしたか。きっと誰にも分からない。
ずっとルルーシュからの笑顔が、愛情が僕の誇りだった。だけど、もう、それだけじゃ満足できないところまで来ている。
その先が知りたい、と願ってしまっている。
(なのに・・・)
初恋の人、ユーフェミア皇女殿下・・・。
ルルーシュが好きだった人。結局彼から直接聞くことはなかったが、あの反応から見てもまず間違いはないだろう。初恋というくらいだ。きっと、彼女もルルーシュの笑顔を見たのだろう。あの慈愛に満ちた笑顔を。いや、もしかしたらスザクすら見たことのない笑顔だって見せてもらったのかもしれない。自分が必死で勝ち取った笑顔をユフィは当たり前のように享受していたのだ。許せない、と思う。こんなこと、考えたくなんかないのに。
(ユフィは・・・いい子なのに)
優しくて、正義感に溢れてて、まだちょっと頼りないけど、変わりたいと、願っている。学ぶ意欲だってある。きっとこれから、立派に皇女としての役目を果たしていくだろう。そして、何よりもあんなに可愛いらしい。振り回されることも多いけど、結局、なんだかんだ言って憎めないのだ。ルルーシュを好きな僕でもこんな風に思う。ルルーシュにとっては尚更だろう・・・。
心のどこかに亀裂が入った気がした。
「ねぇ・・・ルルーシュの初恋って、やっぱりユフィ、なの・・?」
今まで、どうしても怖くて聞けなかった言葉を口にする。
「またその話か。しつこいぞ」
ルルーシュはいい加減呆れているだろう。
うんざりとしているかもしれない。
しかし、それでも・・・もう止まれなかった。
「答えてよ」
「いい加減に、」
「答えて」
「・・・スザク?」
ここにきて、ルルーシュはようやくスザクの様子がおかしいことに気が付いたのか、まだ途中だった作業を中断させて、スザクのすぐ傍までやってくる。俯いたままのためルルーシュの表情は見えない。向こうからも自分の表情は見えないだろう。
ルルーシュが自分の領域に入ってきたのを見計らって、その細く華奢な腕を掴み、ベッドの上に転がした。突然の僕の強行に驚いて元に戻ろうとするルルーシュの肩と手首を掴んでベッドに強く押し付ける。
「っ・・・!」
そうして、どれくらい経ったのか。
僕たちはお互いに見つめあったまま、止まっていた。
それはまるで、世界に二人っきりになったようで・・・
嬉しくて・・・、でも切なかった。
沈黙を破ったのは君だった。
「スザク・・・」
「ね・・・ルルーシュ」
頬から顎に掛けて、指の背でなぞるようにして呼びかける。
「す、ざく・・・」
「答えてよ?ルル・・・」
「・・・」
「ルル・・・?」
ルルーシュは一度だけ顔を背け、何かを逡巡するように・・・しかし次の瞬間には先ほどの不安など微塵も感じさせない強い眼差しでこちらを見据えてきた。そして・・・
「そうだよ。俺の初恋の相手はユフィだ」
「・・・っ!」
なんで、なんでこんなに傷ついてるんだろう僕は。たかが、たかが初恋なのに。ルルーシュだって今はなんとも思っていないはずなのに。何がこんなに僕を不安にさせているんだろう。・・・きっと、ユフィと話したからだ。ルルーシュの初恋の相手が、僕のすぐ近くにいるから。妙に現実感があって・・・現実?現実ってなんだ・・・なんの現実だ。何もないじゃないか。たとえユフィがどう思っていようが現実にはもう、2人は会おうと思っても会えない身で。そもそもルルーシュはユフィのことなんか今じゃなんとも思っていないはずで・・・。
でも、ほんとにそうか?ルルーシュはユフィのことをほんとにもうなんとも思っていないのか?考えてみたら、ルルーシュの口からはっきりと否定の言葉を聞いたわけじゃないのに、ルルーシュが今でも、ユフィを、ユーフェミアを好きじゃないと、どうして言える?
目の前が、真っ暗になった。
さっきまで、必死で否定していた考えが、急速に現実味を帯びていく。頭の中に情景が浮かぶ。緑豊かな庭で、ルルーシュとナナリーがお茶会を開いて、笑い合っていて。眩しいその笑顔の隣りには僕が・・・いや、違う。
白い肌に柔らかなライン。紅茶を持つ指も優雅に気品をたたえていて、風が吹けば、豊かに靡いて美しい桃色の・・・
”ルルーシュ”
“ユフィ”
笑い合う甘い声は、遠くから見てるあれは・・・
オレ?
いやだ!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!やだ!ずるいよ!ずるい!ただ昔一緒にいたってだけで!僕だって、僕だってずっと一緒にいたのに!僕の方がずっとずっと好きだったのに!!いきなり出てきて、いきなりルルーシュを奪ってくなんて・・・ずるいよ!許せない、許さない!僕だけ・・・俺だけ置いてけぼりなんて絶対に許さない。嫌だ。嫌だよルルーシュ・・・そんなのはあんまりだ。俺を一人にしないで・・・
衝動に任せてルルーシュをきつく抱き締め、僕はうわ言のようにそんなことを呟いていた。手加減なんてものは頭に無かった。苦しげにルルーシュが呻いたことさえ、その時の僕には関係の無いことだった。僕は、ただルルーシュに置いていかれる恐怖に怯え、ひたすらルルーシュを呼び続けるだけだった。もはや自分が泣いてるのかさえもわからない。
ただ堕ちていく・・・
その時、ルルーシュの、背中を撫で続けるその手の感触だけが、僕のすべてだった。
+++
眩・・・しい。
・・・朝?
「ん、あれ・・・」
「起きたか?」
「うわぁ!ルルーシュ!」
目の前にルルーシュの綺麗な顔があった。
既に起きていたのかベッドに腰掛けてスザクの顔を覗き込んでいる。ルルーシュの方が早いだなんて珍しい・・・
「おはよう、朝から元気がいいな」
そう言ってルルーシュはくすくすと笑う。
(可愛い・・・)
ぼうっとした頭でそんなことを考える。あれ?ぼうっと?おかしいな・・・目覚めはそんなに悪くないはずなんだけど。それに、なんか、頭が痛い。
「痛むのか?」
「え?」
「貸してみろ」
そう言ってルルーシュは冷たく冷えたタオルを額の上に載せてくれた。
「気持ち良い・・・」
「だろ?お前熱出してんだよ。昨日からなんかおかしいと思っていたら・・・」
(昨日?昨日ってなんかあったっけ・・・えーっと、昨日は・・・!!!!!????)
「わぁぁぁぁああああ!!」
「な、なんだ!?スザク!??」
「うわ、ルルーシュ、僕、ごめん!!あぁどうしよう!昨日!あれは、ルルーシュが、その!!あれ?なんだっけ?!だからっ、」
「落ち着けこの馬鹿!」
そう言ってルルーシュが僕を抱きしめてくるが、
(それじゃ余計に落ち着かないよ!!!)
「るるるルルーシュっ・・・!」
混乱の中、ルルーシュを呼ぶ。
「ルは2つだ」
冷静に訂正された。なんか既視感。こんな所が兄妹だなと思う。
そう思うとなんだか落ち着いてきた。
(ルルーシュの、背中を撫ぜる手が気持ちいい・・・)
絶対落ち着かないと思ったのに、驚くほど安心できるルルーシュの腕の中。そう言えば昨日もこんな風に、ずっと撫で続けてくれたな・・・凄く気持ち良くて、安心出来て、お母さんみたいで・・・熱に浮かされた頭がそんなことばかりを思い出させる。
「ったく、調子が悪いなら悪いと言え。こっちがどれほど心配したと思ってる」
「うっ・・・ごめんなさい」
「夜中になってどんどん熱は上がるし、汗も尋常じゃないくらい掻いていて・・・ずっと苦しげだし・・・お前っ・・・」
「ルルーシュ・・・」
「ごめんっ・・・」
「え?」
何に謝られてるか分からなかった。
「お前が・・・そんなに調子が悪かったのに、全然気付かなかった・・・」
だから、ごめん。
そう言って、ルルーシュは僕を抱く腕に力を込めてきた。
謝られるなんて、謝るのは・・・謝らなきゃいけないのはこっちの方だよ。一方的に嫉妬して、散々喚いて、わがままいって、あまつさえベッドに押し倒して・・・なのに、君は・・・
(ルルー、シュ・・・)
また目頭が熱くなって涙が零れそうになる。が、ぐっと堪える。ここで泣いたらルルーシュはもっと心配する。あぁでも、その心配する気持ちすら暖かいのだ。ルルーシュがくれるものはいつだって暖かい。離したくないな・・・ずっと傍にいて欲しいよ。ねぇ、ずっとそばにいてルルーシュ・・・ずっ、と・・・
+++
「ずっと・・・そば、に・・・ルル・・・」
「スザク・・・?」
安らかな寝息が聞こえる。
「・・・寝たのか」
ったく、手間の掛かるやつだな。
そう言って寝やすいように体を離して横たえてやる。
顔を覗き込むと、あどけないこどものような寝顔があった。
柔らかな猫っ毛の癖毛を優しく梳いてやり、頬を撫でる。最後に手に触れた。
「はは、手に触れたら握ってくる。赤ん坊かよ」
ふいに、どうしようもない愛おしさが込み上げてきた。今までの幼馴染に向けるものとは違う、情動にも似た暖かい何か・・・切ないのに愛おしいその気持ちを、なんと呼んだらよいのだろうか。
離してなど、やるものか。
たとえお前が離れたいと望んでも・・・俺はお前の傍に居続けるよ。
だから、お前は安心して、俺の傍にいろ。スザク・・・。
起こさないように軽く唇を額に触れさせると、スザクが微笑んだ気がした。
+++
話し声がした。
"様子どうなの?"
"熱は下がりましたよ。今は眠ってます"
ルルー、シュと・・・会長?
暗い室内に明かりが差し込む・・・。
どうやら部屋の入口で話してるようだ。
自分に気を使ってくれているのだろう。
"しっかし、ルルちゃんも大概世話好きねぇ。結局、咲世子にも手を借りないで全部1人でスザクの世話したんでしょう?それも徹夜で"
え・・・?
"スザクの体調に気付かずに無理させたのは俺ですからね。1人で面倒見るのは当然です"
"ふぅん。まぁ、そういうことにしといてあげてもいいけどさ〜。ルルちゃんのお陰で朝は助かっちゃったしぃ?"
"今度からはあんなに溜めないでくださいよ"
"うふふ、これからも頼りにしてるわよ、副会長さん!"
"会長!"
楽しそうだなぁ・・・
"さてさて、それじゃあ私はもうそろそろお暇しようかしらねぇ。スザクも起きる様子無さそうだし。スザクが居なきゃ、せっかくの新ネタも面白さ半減だしね"
"頼みますから、スザクの前で言わないで下さいよ。あいつ、そのことやたら気にしてるみたいだから"
"ふふ〜、まさか我が校自慢の貴公子の初恋が、実の妹だっただなんて!トップニュースね!"
びくんっ・・・
"何がトップニュースですか。そんなこと言ってる暇があったら仕事を、"
"それでそれで、実際のところはどうなのよぅ?"
"・・・何がですか?"
"決まってるじゃなーい!今でも好きなの?どうなの?ねぇ!忘れられないの??ミレイちゃん気になって夜も眠れなーい!"
・・・っ。やだ・・・やめ・・・っ
「昔の話ですよ」
きっぱりとルルーシュは言った。
え?
「今はなんとも思ってません」
思わず薄目でルルーシュを窺う。
差し込む光の中、
そこには・・・誰もが見惚れるような、
幼い頃に見たあの笑顔を浮かべるルルーシュがいた。
僕が好きになったあの―――。
「今は・・・」
"今はこいつで手いっぱいですから"
そう言ってルルーシュは、こちらを見ながら、
仕方がないなぁというように、
それでいて心底愛おしむように、僕に笑いかけていた。
あぁ・・・
僕はこの人がいれば他には何もいりません。
この人だけいればいいんです。
だからどうか、お願いです。
僕からこの人を奪わないでください。
僕からこの人を取り上げないでください。
僕のすべてで、この人を幸せにしますから、どうか・・・
あの日、初めて君の笑顔を見た日から、君が僕の存在意義になった。
+++
後日談の方が長いという罠。
実はスザクは桃色三角形の時から具合が悪かったのでした。
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