体が熱かった。
意識が朦朧とする。
幼い頃に経験したソレ。

たしか・・・

そうだ、4歳の時。
あの日も僕は・・・熱に魘されて。
ただただ、母親を求めた。
一晩中叫び続けた。


だけど結局、あの日母が僕の元に来ることはなくて。

そして、その日を境に母は、





二度と僕の前に現れなかった。














+++


「夢・・・」
目覚めるとそこは自室だった。
辺りを軽く見回して外が暗いことに気付く。時計の針が4時を差しているのを確認してからあぁと思った。そういえば昨夜は帰宅してから何もやる気が起きずそのままベッドに横たわったのだ。ベッドの下にはそこいらに脱ぎ散らかされた制服がある。皺がついたか、とぼんやりとした頭で思った。

―――駄目だ。
夢見が悪かったせいか、どうも頭がすっきりしない。
スザクはベッドから下りて窓際に行く。段々と白じんできている空。冬の朝というのは妙な胸騒ぎがしてあまり好きではない。それは冬という季節に良い思い出がないせいもあるのだろう。昔飼っていた小鳥が死んだのも寒い冬の朝だったし、母親が自分を捨てたのも、やはり冬の朝だった。夜中に熱を出した自分を放ってどこかへ消えたのだから、正確に言えば冬の夜なのだが。スザクが母親に捨てられたと認識したのは翌日のことであったのでやはりスザクにしてみれば冬の朝の出来事なのだ。


「あんな昔の夢を見るなんて・・・」


自分はまだ引きずっているのだろうか。もう10年以上も前のことだというのに。思わずため息が出てしまう。そして自分の手を窓に翳す。あの日どんなに伸ばしても繋がることはなかったこの手。熱に魘されて、必死で助けを求めて、それでも見捨てていったあの女性(ヒト)。枢木という重圧はそれほどに重かったのだろうか?あの女性が枢木にいることでどれほどの重荷を背負わされていたかはスザクにはわからない。だけどそれは熱で魘されているこどもを見捨てて行くほどのものであったのだろうか。せめて・・・せめて、あと1日、助けを求めているこどもの傍にいることはできなかったのだろうか、と。そこまで考えて、スザクは自嘲する。
結局、枢木の家の重圧云々という話ではなく枢木スザク個人があの女に捨てられた、そういうことなのだろう。でなければ目の前で苦しんでいるこどもを放っておいてどこかに消えるなんてことはしないはずだ。本当に愛していたら置いていくなんて・・・できないはずなんだ。どんな事情があるにせよそれは紛れもなくあの女が自分を捨てたという証で。
「はぁ・・・」
駄目だな・・・感傷的になっている。
もう昔の事なのに。過去は過去でしかない。
わかっているのに。


でも本当は、


昔であるはずの過去に自分が一番拘っているのだということもわかっているのだ。





だから、

だからこそあの日、





僕はどうしても許せなかったのだ。














+++

ひどく憂鬱な気分で学校に登校。
それはもうこれ以上無いというほどに僕は苛立っていた。途中ユフィがひどく心配気な顔をしていたけれどそれを申し訳なく思う反面、今はただ放っておいて欲しい気持ちでいっぱいだった。昨夜からひどくイライラするのだ。おそらく今朝見た夢もこの苛立ちが原因なのだろう。原因は大体わかっているのだが。
「あぁもうっ!」
スザクは教室で席に座るなりむしゃくしゃした気持ちのまま叫んだ。
昨夜から考えないようにすればするほど彼女が、そしてルルーシュが頭の中に浮かんでは消えもせずに頭の中で存在を主張するのだ。何故こんなにも彼女が気になるんだろうと原因を考えるも一向に解決の糸口は見つからず。とりあえず恋じゃないことだけは確かな僕はこの苛立ちをどう処理していいのかわからずにいた。
「おっす、スザク!どしたよ?そんな浮かない顔しちゃって」
そんな僕の肩を叩いてくるのは親友の悪友、そして僕の友人のリヴァルだ。
今が登校なのだろう寒さに少し鼻を赤くしながら陰鬱そうに机に伏していたスザクに軽快に挨拶をする。
「ん?あぁ、リヴァルか・・・」
僕は手の正体がリヴァルだとわかった瞬間に興味を無くして机に突っ伏した。
そんな僕の様子にリヴァルは目を軽く瞠る。
「・・・あれま。なんか本当に元気ないのね」
リヴァルは場を離れると、どうしちゃったのアレ?と少し離れたところにいたユフィに理由を尋ねた。
「それが・・・私にもよくわからなくて。昨日からずっとあんな感じなんです」
「ふぅん。スザクがあんなにイライラしてるなんて珍しいな」


「誰がイライラしてるんだ?」


「ルルーシュ!」
「ルルーシュ・・・」
突然現れたルルーシュに、リヴァルとユーフェミアが反応する。
そして机に伏せっていたスザクも2人から紡がれた名前に反応し顔を上げる。
ルルーシュ・・・、と呟くスザクの表情を見てルルーシュは顔を顰めた。
ルルーシュはリヴァルのところから迷わずスザクの伏せっている机まで向かっていく。
「あ〜ぁ、相変わらず過保護なやつ。面倒見がいいというか・・・」
リヴァルは苦笑いを乗せてルルーシュ達を見つめる。
「ふふ、それがルルーシュですから」
ルルーシュとスザクを見ながらユーフェミアは淡く微笑する。
そんなユーフェミアにリヴァルは軽く瞠目し、ユーフェミアを覗き込んだ。
そして少し逡巡してから、
「・・・結局さ、君とルルーシュはどういう関係なわけ?」
そう口にする。
それはただ単にルルーシュとの関係を聞いた言葉ではない。
ユーフェミアは少し考える素振りを見せて、
「う〜ん・・・秘密です」
悪戯気に笑った。
その姿に今度こそリヴァルは、お手上げと言わんばかりに降参のポーズを示した。





「スザク」
「・・・・・・」
「スザク」
「・・・・・・」
「なんだこの野郎、ガン無視か?」
「・・・ルルーシュ」
「なんだ」
「・・・今日はずいぶん早いんだね」
「ん?あぁ、早く目が覚めてな・・・」
「それ、昨日も言ってたね」
「そうか?」
「そうだよ」
僕がきっぱりと断言するとルルーシュは少し眉を寄せた。
それがどうしたんだ?とでも言いたげである。
だがそんなことはどうでも良かった。
「やっぱり、彼女いるから?」
「は?」
ルルーシュが不思議そうに目を開く。
その態度が僕には凄く白々しく見え、苛立ちは増すばかりだ。
「昨日も・・・泊まったんだろ?彼女・・・」
「彼女?あぁ、C.C.のことか?」
合点がいったとばかりにルルーシュが頷く。
その口から紡がれる忌々しい単語。名前なんて出すなよそう言ってやりたくて堪らない。頭に昨日の彼女の姿が浮かんで頭を振った。何故?どうしてここまで苛立つ?昨日から何度問いかけたかわからない疑問が再び頭を占める。たかが女一人で、と思う。別に何かされたわけじゃない。そこまでの接点もない。名乗られた名前は明らかに偽名でそれだけの関係。なら別にいいじゃないか。あの女がどこで何していようと誰といようと僕には何の関係もないだろう?・・・そう思うのに。あぁ、どうしようもなくイライラするのだ。どうせ今もルルーシュの家に居座っているのだろう。そんなことを想像すると余計に苛立って。僕は早く家に帰すべきだとか年頃の女の子と一夜をだとか、とにかくあの少女を追い出すための理由を必死に捻りだす。道徳的にとか倫理的にだとかそんな感じで。でもだって、実際にルルーシュがしてるのは褒められたことじゃないだろう?いくら不可抗力だからといって女の子を一人暮らしのルルーシュが家に上げるなんて。だから、だから僕は、

「あいつなら帰ったぞ、家に」

だから僕は何でもないように言われた言葉が咄嗟に理解出来なかった。


「・・・え?」
「帰ったぞ。だから今は家には誰もいない」
そんな僕にルルーシュは再び同じ言葉を繰り返す。
「かえ、ったの・・・?家に?」
ルルーシュの家には・・・、もういない?
「あぁ」
遅れてようやく僕はルルーシュの言葉を理解した。
そうしてそこで
「そ、う・・・。なんだ、そっか・・・」
そうなんだ・・・
ひどい安堵を感じた。
「スザク?」
「え?」
スザクの表情はさっきまでとはがらりと変わっていた。
ルルーシュはどうしてスザクの様子が一変したのかがわからないのだろう、少し戸惑い気味にスザクの名を呼ぶ。だがスザクの表情を窺うなりルルーシュは心配気な表情を緩和させてそれ以上の追及をやめたようだ。その変化にもスザクの笑みは深まる。にこにことルルーシュのことを嬉しそうに見上げるスザクにルルーシュは少し怪訝な顔をして、しかしすぐにいつもの表情に戻ってスザクの前の席に座ると他愛もない会話を始める。なんだかひどく久しぶりに穏やかな空間が戻ってきた気がしてスザクはひたすら喋ってはルルーシュの声に耳を傾け続けた。


「そういえばスザク、最近なんだか様子がおかしいんだって?」
突然ルルーシュが思い出したようにスザクに言った。
「え?なんで・・・」
「ユフィがとても心配してた。今までスポーツ一辺倒だったスザク君が何やら大層な悩みを抱えているそうじゃないか?」
そう言うルルーシュの顔は悪戯気を帯びており、僕に負担を掛けまいとして話す気遣いがわかった。善意を押しつけないルルーシュの優しさ。何故だろう。先まではあんなにも煩わしかった優しさが今は嬉しくて堪らない。気が付くと僕は笑顔で答えていた。
「別に大層な悩みなんか無いよ」
「そうか?」
「うん。って言うか、むしろルルーシュの方こそどうなのさ」
「俺?なんでそこで俺が出てくるんだ?」
不思議そうに首を傾げるルルーシュにだってと続けようとして僕ははっとした。
ついその場のノリで聞いてしまったが元はと言えばルルーシュの様子がおかしいことが発端だったんだ。あれほど聞こうか聞くまいか迷ったというのに。
どうしよう。
聞こう聞こうと思ってはいてもやはりいざ聞く段階になると何故か緊張してしまう。
でも今さら誤魔化すなんて出来ない。
特にルルーシュ相手じゃすぐに見破られてしまう。
どうせバレるなら・・・

えぇいままよ!

「・・・ルルーシュ、最近様子がおかしいよね」
何かあった?というようにルルーシュを見上げながら聞く。
「俺が?・・・そうか?」
そんな僕の質問に訳がわからないとでも言うようにルルーシュは疑問を浮かべた。その様子は本当に心当たりがある風ではなくて。だとしたら僕の勘違い?でも僕にルルーシュの考えが読めることなんて稀だ。ルルーシュは色々なことを隠すのがうまいから僕はいつも騙されてしまう。
今回のも、それなのだろうか?
「ルルー、」
確かめてみようと思ったところで、

ガラ―――。

不運にもHR開始の鐘が鳴り教師が教室に入ってきた。
教師がよーし始めるぞー席に着けーと間延びした声で告げると教室のそこかしこでまた後でねと言う声が聞こえて、ルルーシュもじゃあ後でなスザクとだけ声を掛けて自らの席に戻っていってしまう。そんなルルーシュに、うん後でね・・・と口の中で唱えることしか出来ない僕はその背中を名残惜しげに見送るしかなくて。結局、再びタイミングを逃してしまった僕は、またもやルルーシュに聞けず仕舞いになり気付いた時にはすべての授業が終わっていたのだった。





+++

「スザク、帰りましょ!」
「ユフィ」
HRが終わって僕が鞄に教科書を詰めているとユフィがいつものように誘ってきた。いつもならユフィに笑顔で答えて一緒に帰るのだが今日は―――、
「ごめん、ユフィ。今日はちょっと用事があるんだ」
「用事?」
僕が用事というのは珍しくて。普段であれば大概の用事はすぐに済むものだからユフィと一緒に帰る下校の途中で済ませてしまう僕が用事を理由に先に帰ってくれということにユフィはきょとんとした反応を返す。
「時間が掛かりそうなの?」
「そういうわけじゃないんだけど、」
「一人の方がいいのね?」
「う、ん。・・・ごめん」
「そっか。じゃあ今日は大人しく一人で帰ります」
ユフィは僕に気を遣って笑顔で言葉を返してくる。しかし表情のそこかしこに寂しさが見え隠れしていて。それもそのはずだろう。今日は金曜日。つまり明日から土、日と学校が2日間無いのだ。それに付け加え僕は最近自分の心配事にかまけていてろくにユフィに構ってあげられていなかった。ユフィが寂しさを覚えるのも当然だろう。そう考えると僕は急に申し訳なくなってくる。
「本当にごめんね。埋め合わせは必ずするから・・・」
「ううん、いいの!偶にはこういうのも新鮮だわ」
そう言って笑うユフィは出来た彼女だと思う。僕は彼氏として情けない気持ちになって。
「本当にごめんね?今度何でも言うこと聞くからさ」
と手を合わせて謝る。
「気にしなくていいのに。あ、・・・でもそうね」
「ユフィ?」
ユフィが突然何かを思いついたような表情をする。心無しかその表情はキラキラと輝いていて。僕はその表情に少しだけびくついてしまった。
「やっぱり気が変わっちゃった」
「へ?」
「スザク」
「はい?」
「明後日は暇?」
「明後日?日曜日?・・・暇だけど」
「じゃあ埋め合わせ、してもらえません?」
デートの誘いですそう言ってユフィは笑う。
僕はユフィの言葉を理解するなり、なんだそんなことでいいならと笑って了承を示した。
しかしどこに行くの?と聞けば、遊園地と返ってきて僕はその意外な選択肢に少し驚いた。
ユフィがそういった場所を選ぶのは珍しい。
「遊園地?」
「ほら、最近話題になったでしょ?」
「えーと・・・あぁ、駅前の?だっけ?」
確かここ数年に出来た遊園地だったはずだ。にも関わらずここ最近今さらと言わんばかりに話題になっていたのを思い出す。ちなみに情報は全部リヴァルからである。他にも色々言っていたのだけれど大して興味もなかった僕は大半を聞き流していた。こうなるのならもう少し真剣に聞いておけばよかったと後悔する。自業自得だけど。
「そう。前から行きたくって。偶には気晴らしにもいいんじゃないかなって・・・どうかしら?」
ユフィが不安気に僕に伺いを立てる。きっと受験で忙しい僕を気遣って言い出せなかったのだろう。本当に気を使わせてるみたいだ。
「・・・ん、オッケー分かった」
珍しい彼女の我儘だ。彼氏としては叶えてやらなければならないだろうと言葉の了承を示す代わりに、お供させていただきますお姫様、と悪戯半分に騎士の真似事のポーズを取る。するとユフィは楽しそうに笑ってその笑顔を見た僕は、良かった少しは彼氏らしいこと出来たみたいだ、と肩を撫でおろしたのだった。そうしてすっかり安心した僕がそうだ!と辺りを見回して、
そこでようやく僕は重大なことに気がついた。


ルルーシュが、いない・・・


「え!?あ、ちょ、ごめんユフィ!僕もう行かなきゃ!!今夜メールするからバイバイ!」
「え、ちょスザク!?」
ユフィが慌ててスザクと呼びとめる声が聞こえたが、スザクはそれどころではなかった。
「あ、リヴァル!!」
「お、どした?そんな慌て、」
「ルルーシュどこ行ったか知らない?!」
大層な剣幕だったのだろうリヴァルが少し目を白黒させて、「あ、あぁ、ルルーシュならたった今帰ったぞ?今ならまだ玄関に、っておいスザク!?」リヴァルの返答を聞くやいなや僕は教室を飛び出してルルーシュの後を追った。後ろで、お前は俺に話掛ける時はいつもそれだな!とリヴァルが叫んでいたのだが僕の耳には全く入ってこなくて。だからその背後でユフィが寂しそうな顔をしていたことにも勿論気付きはしなかった。






「は、はぁ、はぁ、・・・いた」
教室から全力疾走でルルーシュを追いかけてきた僕は、エントランスに出た所でようやくルルーシュの後ろ姿を発見した。ルルーシュは既に外の正門に向かって歩き始めていて。僕は慌てて靴を履き替えると後を追いかけながら叫んだ。
「ルルーシュ!!」
声があまりに大きかったためか、周囲の生徒までスザクへと視線を向ける。
しかし既にルルーシュへと意識を向けていたスザクは気付かずに、声に振り向いたルルーシュの元へと急ぐ。

「はぁ、やっと追いついた・・・」
ようやく目の前にすることができたルルーシュに、僕はほっと息を吐いた。
「スザク、お前な・・・」
「え?なに?」
「大声で人を呼ぶなと何度言ったら分かるんだこの鳥頭!」
「わぁ、ごめんなさい!だって、ルルがどんどん先行っちゃうから!」
「この距離お前なら簡単に追いつけるだろうが!お前が大声で呼ぶ度に俺は周りから白い目を向けられて居心地の悪い思いをすることになるんだぞ!」
「・・・別にルルは白い目なんか向けられてないと思うけど」
むしろ熱い視線ばかりじゃないか。
「何か言ったか?」
「何も」
「ったく・・・それとそのルルって呼ぶのもやめろ。なんか女みたいで不愉快だ」
「えー!」
「えー!じゃない。可愛い子ぶったってダメだぞ、気色悪い」
「ひど!うー・・・だってあの子はルルーシュのことルルって呼ぶじゃないか」
「あの子?」
「・・・料理部の」
「・・・あぁ、シャーリーか。あれは言っても聞かないんだから仕方無いだろう」
「僕だって言ったって聞かないのに注意されてる!」
傍から見たら勝手極まりない意見だがしかしスザク本人にとっては正当な権利の主張にも等しい。
「お前な・・・外聞を考えろ。同じ部活の女子が男子を愛称で呼ぶのと、男子高校生が同年代の男相手に女みたいな愛称で呼ぶのは違うだろう」
「僕は気にしない」
「俺が気にするんだよ!ったく・・・」
そう言ってルルーシュは仕方がないやつといったようにため息を付くが、その態度に僕は納得がいかなくなって。僕が不貞腐れているとルルーシュはやれやれと言ったように更にため息を吐く。そんなルルーシュの態度に、なにそれその呆れたみたいな態度、と僕はますます腑に落ちなくなってせっかく忘れていた苛立ちがまた燻ってくるのを感じた。
「お前・・・いや、いい。それより何か用事があったんじゃないのか?」
ルルーシュは何かを言いかけて、しかし途中でどうでもいいとばかりに僕に要件だけを聞きだしてくる。
その態度にも僕は更にイライラを募らせて。
「別に」
苛立ちに任せてそう返すとルルーシュが唖然としたのが分かった。
それはそうだろう。なんたって僕は教室からルルーシュに会うためだけに全力疾走でやって来て、挙句大声を上げて目の前の親友を呼びとめたのだから。それなのに僕の返答は用事がない、だ。ルルーシュでなくとも意味がわからないだろう。事実、僕はルルーシュとの会話の直前までは確かに用事があってルルーシュを呼びとめたわけだし。用事は勿論、朝聞きそびれた最近のルルーシュの動向について。あれから色々考えた結果、ぐだぐだ悩んでいるよりも本人に聞いた方が早いという結論に達した僕は放課後になったら必ずルルーシュを捕まえて話し合おうと決意していたのだ。肝心の放課後になってルルーシュを逃してしまったのは誤算であったが、結果的には捕まえられたのだから何も問題はない。・・・ないはずだった。あの余計な一声さえなければ。お陰で僕は今少し困っている。そんな風に困るくらいなら何故あんなことを言ったのかと思うだろう。が、実を言うと僕にも何故あんなことを言ってしまったのかよくわからないのだ。ただなんとなく、どうしてもこの場でルルーシュに要件を切り出すのが嫌で。結果、呼び止められたのに要件など無いと言われて何も言うことが出来なくなってしまったルルーシュと、何故か口から出てしまった嘘のためにどうすることも出来なくなってしまった僕との間でなんとも気まずい空気が流れる。その空気に堪えかねてか、しばらくしてようやくルルーシュが何かを言おうと口を開く。
「周りが騒がしいな・・・」
ルルーシュが辺りを見回しながら呟いた。
その言葉に僕はようやく周囲のざわめきに気付く。
「正門、だな・・・」
「・・・そうみたいだね」
当たり障りのない会話だ。
騒ぎは気になるけどでもそこまで興味もない僕たちがわざわざそんなことを口にしたのはやはり互いに微妙な心地悪さを感じたからだろう。はっきり言って悪いのは僕だ。だから僕がこんな感情を抱くのはおかしい。ルルーシュに腹を立てている、だなんて。わざわざ当たり障りのない会話を選んだルルーシュに更なる怒りを感じている、だなんて。
ルルーシュもその雰囲気を感じ取っているのだろう、僕たちは結局何も言わずに無言で歩き続ける。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・はぁ」
しかししばらく無言で歩いたところで、ルルーシュが盛大にため息を吐いた。
その動作に僕は歩みを止めて視線をルルーシュに向ける。少し遅れて止まったためにルルーシュより前にいた僕は後ろを振り向いてルルーシュを見た。
「・・・何?」
「何、じゃないだろう。言いたいことがあるならはっきり言え。ぐだぐだしているのはお前の性に合わないだろう」
「だから言うことはないってさっきから言ってるじゃないか」
「じゃあその不機嫌な態度は何なんだ。・・・悩みでもあるのか?」
「別にないよ。僕自身には何もない」
「?お前の周りで何かあるのか?」
「・・・別に、」
「それは聞き飽きた。スザク、お前が何を悩んでいるのかは知らないが俺に八つ当たりするのはやめろ。言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろう」
「八つ当たりなんて、」
「してるだろ、今も。悩みを聞いてほしいなら聞くし言う気が無いのなら聞かないでおいてやる。だけどな、俺に八つ当たりしたところで問題は解決しないんだ。・・・言う気がないのなら関係のない俺を巻き込むのはやめろ」
その言葉に僕は頭に血が昇るのがわかった。
巻き込むな?関係がない?
「・・・君が、それを言うのか?人が、僕が誰のことで悩んでいるのかも知らないで!!」
頭に血が昇って、僕は自分が何を口走っているのかもわからなかった。ただ、あぁやっぱり僕には隠し事は向いてないな、そんな取り留めのないことだけが怒りに染まった僕の脳の片隅を過ぎる。突然の僕の怒りに驚くルルーシュ。しかし次の瞬間には真剣な面持ちをして逆に僕を見据えてきた。
「・・・俺に、関係のあることなのか?」
「・・・っ」
僕はその質問に答えられず視線を逸らすことで意図しない肯定を示した。
「スザ、」
そんな僕に何かを思ったのか、途端に心配気な表情を作って僕を呼ぼうとしたルルーシュの言葉が、
不自然に途切れる―――。

僕はその様子に逸らしていた視線をルルーシュに向ける。
するとルルーシュはまっすぐにこちらを・・・
いや、僕の後ろを見ていた。
後ろ?
一体何に、そんな疑問に振り返って、


「昨日、ぶりだな?・・・ルルーシュ」


声を聞いた。

そこには、昨日見た、若草色の髪をまっすぐに伸ばした、


「C.C.・・・」


彼女―――。

驚きを露わに、少女の名を呼ぶルルーシュ。
少女はその呼びかけに



最高の笑顔を向けることで応えた。








+++

しかしあれですね、ルルーシュとの絡みが驚くほど少ない。

>>back