「あれ?ルルーシュ?」


授業が終わって進路のことを聞こうと思っていた僕が辺りを見回すのだが、ルルーシュがどこにもいない。いつもはこの時間はまだ寝ているはずなのに(それもどうかと思うが本当にルルーシュは体育と家庭科と昼食以外の時はほとんど寝ているのである)。何度見回してもルルーシュは見当たらなかった。
「ルルーシュならさっき即行で帰ってったぞ?」
そんな僕を見かねたのかリヴァルが親切に教えてくれる。
「即行で?何か用事でもあったのかな・・・」
「さぁ?」
「ふぅん・・・うん、わかった」
ありがとう、そうリヴァルにお礼を言ってスザクは机に戻った。
そして考える。進路のことは明日でもいいかと思う。けれど今日のルルーシュはどこか様子がおかしかったような気がして。いや確実におかしかったのだ。それも今日だけではなく・・・
唐突に思考の波が緩やかになった。


「スザク、帰りませんか?」


ユフィに話しかけられたのだ。
机に座っているためこちらから見上げるようなアングル。僕は考え事をしていたせいで咄嗟に頭が回らず、馬鹿みたいに呆けながらユフィを見上げてしまう。そんなスザクを疑問に思ったのかユフィが不思議そうな顔をする。
「スザク?どうかした?」
「あ、ごめん。なんかぼうっとしちゃって・・・」
「・・・うーん、なんだかスザクも朝からおかしいわね」
そう言ってユフィは僕の額に手をやった。
どうやら熱の有無を測っているようで、熱はないみたいだけどなどと言っているのだが、


あれ?


感じたのは二つの違和感。
ユフィに触れられた瞬間、言いようのない何かが体を巡った。
スザクはユフィの手が離れていった後ですぐに自分の額に手をやって考え込むのだが、違和感の正体がわからずに首を傾げる。
そんなスザクにユフィも首を傾げ2人で首を傾げ合うその姿に少し間抜けなものを感じて、スザクは取りあえずすぐに分かる違和感の方を解消することにした。
「”スザクも”って、ユフィももしかしてルルーシュの様子がおかしいって感じた?」
僕が問うとユフィは自分の手と僕の額を交互に見やっていた視線を僕の方に向けて、少し考える素振りをしてから、やはり頷いた。
「ルルーシュは、なんだか朝から落ち着かない感じでそわそわしていましたからね」
バレバレでした、そう言って笑うユフィに僕も苦笑いをする。
確かにルルーシュはポーカーフェイスが得意そうでいて、その実ひどく顔に出やすいのだ。
それは彼の近くにいる人間だったらすぐにわかることで。ましてや僕とユフィはかれこれ6年の付き合い。わからないはずがない。あぁ、でももう6年になるのか・・・いや、まだ6年。6年なのだけれど・・・でもいまいちそのことが実感できないのはずっと一緒にいるような気がするからだろう。6年の歳月が客観的に見て長いのか短いのかスザクには判断がつかなかった。





僕がユフィと、そしてルルーシュに出会ったのは中学校の入学式の日だった。
僕が校舎内で道に迷っていたらお約束みたいだけど、外で満開に咲いていた桜の木の下に佇んでいるルルーシュがいたのだ。この学校は幼小中高大と一貫してエレベーターになっているのでやはり校内の敷地も半端ではない規模を誇っているのだが。本来であれば少なくとも小学校から入学することが普通のこの学校で、しかし僕は中学からの入学だった。大体の生徒であれば教室までとはいかなくても中学校舎のおおよその位置くらいは知っているのが当たり前の中、だから僕は見事に迷ってしまったのだ。学校内で。何とも情けないことに冗談抜きで学校内遭難だ。だって本当に大きく感じた、というか実際に大きいのだ。無駄にでか過ぎだと慣れた今でさえ感じるのに、当時この校内で何もかもが初めての僕にいきなり中学校舎に行けと言われても行けるはずがない。確か何がお前なら大丈夫だ父さんめロクに地図もないこのだだっ広いこの校内でどうやって辿りつけっていうんだくそ親父。うん、そんなことを思っていたと思う。兎にも角にもだ、僕は悪態をつきながらも確かに迷っていたわけであるのだからそんな途方に暮れていた僕にとって見ず知らずといえども他に人がいるというのは天の助けにも等しくて。こんなところに(鬱蒼と木々が生い茂るさながら樹海のようなところだった)人がいるなんてツいてる!とばかりに目の前で佇む彼に声を掛けたのだ。
そんな悲痛な僕の声に気付いたのだろう、彼が確かめるようにこちらを振り返ろうとしたのだが、しかし。その時ちょうど強い風が吹いた。あまりの突風に思わずこちらも一瞬だけ目を瞑り。けれど風が過ぎ去るや否や僕は何故か慌てて目の前の少年に視点を合わせると少年の顔に掛ったらしい黒髪を手で無造作に掻きあげている姿が入ってきて。そこに風に煽られた一陣の桜花弁が少年に降り注ぐ。それだけでも十分に幻想的であることを証明するように僕はその光景に魅入られ目が離せなくなったのだけれど、そんな演出の中スローモーション掛かったゆっくりとした動きで(主観か彼の優雅さがそうさせたのかは今となってはわからない)顔を上げたのを見て、


今度こそ僕は息を飲んだ。


憂いを帯びたどこまでも深いアメジストに、漆喰のように艶やかな黒髪と白磁の肌、そしてなによりもその顔の造形。整っているなんてものじゃない。薄倖の美少年とは彼のようなことを言うのかと、僕はただ魅入ることしか出来ずにただ少年を凝視していた。更にそこに桜吹雪の花弁が舞い散って、いっそ恐ろしくなるほど幻想的な。思わず守ってあげなきゃ、そんなことを思わされる光景だった。


そうだ思わされた、
確かに思わされたのに・・・


その薄倖の美少年は胡乱気に僕の全身を見やった後、唖然としている僕に向かって、


「なにか用?」


不機嫌極まりない声色を紡いだのだ。それも眉間に皺を寄せて心っ底っ嫌そうに。その態度の高慢で不遜なことと言ったらもう!
前言撤回。どこが薄倖なんだと、先に培ったばかりの自分の認識を180度改めたのだった。薄倖どころか先までは本当に実在しているかさえ危うかったその存在はひとたび口を開けばそれこそ苛烈な存在感を持って確かにそこにあった。


ただ・・・


人形ではない生身の人間。そう実感した途端に、守らなきゃ、そう思わされた時よりも遙かに強く、強烈に惹かれる自分を自覚したのだけれど。まぁ、守るだなんておこがましい程にルルーシュは男らしい性格をしていたのだけど。だがそんなことを思ったはいいのだけれど、思っても忘れてはいけないこともある。どんなに僕が目の前の少年に心を奪われあまりにも一方的な義務感に襲われようとも、紛れもなくこの時のルルーシュと僕は初対面。
つまり・・・
明らかに惚けた顔をして彼を見詰める僕にルルーシュが不審者でも見るかのような目で眺め返すのは当然のことで。勿論その先にまともな会話など望めるわけがなく段々と気まずくなる空気の中僕たちが一言も発することなくその場に佇む他なくなってしまったのもやはり当然のことであった。ちなみにルルーシュの視線は果てしなく痛かった。まるで痴漢を働いた中年サラリーマンを断罪するかのような視線だった。まだ何もしていなかったのに・・・。まぁそのすぐ後でユフィが現れたことでその場はうまく収まりをみせ穏やかになった空気に僕はほっと息を吐いたのだけど。(そして彼女の出現によってようやく僕は目の前の美少年が待ち合わせのためにそこに佇んでいたことに気付いた)
でも何故だか先までの凛と張り詰めたような雰囲気がなくなってしまうのにも勿体なさを感じたのはきっと。人気の無い校舎の裏の隅で佇む彼が、一瞬、本当に人間かどうかさえ疑ってしまうほどに美しく幻想的であったからなのだろう。あの光景は今でも忘れられない思い出である。


そう言えば何故そんな所でわざわざ2人が待ち合わせをしていたかというと。当時のルルーシュが実家の方と絶縁状態だったことに起因する。異母妹であるユフィとの関係を周囲に隠していたため人気のないところを選んだらしい。今は実家との関係の方も改善されてきているようで。だいぶ彼自身も穏やかになったように思うが当時のルルーシュはまるで刀の刃のように研ぎ澄まされた雰囲気を纏っており近づくのですら戸惑わせるような状態だった。(僕は関係無しに近づいちゃったけど)その後は僕が事情を告げると1年なら教室の場所も大体同じだろうと2人が(主にユフィが)教室まで案内してくれることになって。そして歩みが進むに連れて教室どころかなんと席まで隣同士ということがわかり僕らはその偶然に驚いたのだった。つい嬉しくなってこれからよろしくね、と差し出した手は受け入れられることはなかったけど。(当時のルルーシュは本当につれなかったから)でも、それでも十分だった。入学式が終わって自宅に帰った僕は、見目麗しい2人と入学早々知り合いになれた、それだけで嬉しさでいっぱいだったのだ。無駄に広い風呂の中でこれから過ごすことになるであろう学校生活に期待を膨らませた。


まぁそれから知ることになったルルーシュの性格はといえば。
予想通りというか予想外というか。初対面での儚い印象を覆されたことが相当僕の中に残っていたのか、さぞかしプライドが高い完璧主義者なのかと思いきや意外と抜けていたり、冷めているのかと思えばかなりの激情家であったり。異常なほどシスコンだし警戒心が強いと思わせといてその実隙だらけであったり。随分と可愛い性格をしていて。でも、


何よりもルルーシュは優しい少年だった。


クールで素気ない物言いに隠れてしまうのだがいつだって厳しさの裏には愛情があったし、一度懐に入れたものには惜しみなく愛を捧げていた。そう、ルルーシュという少年の本質を表わすとしたら、優しい、という表現がぴったりなのである。本人に言ったら照れて八つ当たりされるのだろうけど。そんなことを思いながら優しい懐かしい思い出に浸っていると衝撃が走った。
「スザクっ!すーざーくーっ!!」
起きてますかー?
ユフィが目の前で手を振っていた。


叩くのはひどいんじゃないかな?ユフィ・・・。
(それも叩いた方が手が痛くなるほどに)


「と、・・・あれ?」
ふと辺りを見回すと、教室だった。辺りにはもう誰もいない。
「あれ?じゃないわ。何回呼んだと思っているの」
やっぱり少し具合が悪いのかしら?そう言ってユフィが心配気に首を傾げる。
そんなユフィの動作に僕は笑いながら謝りを入れた。
「別にいいけど・・・何かあった?」
「ううん、ちょっと昔のことを思い出しててね。ほら、もうすぐ卒業でしょ?そろそろみんなと学校で会える時間も少なくなってきたなって・・・」
「・・・もうすぐこの教室に来ることもなくなるのね」
「うん・・・」
それきり互いに黙りこんでしまう。


駄目だ・・・なんか最近感傷的になってる。
やっぱり最近のルルーシュの様子がおかしいせいかな・・・
あぁそうだルルーシュ、話が逸れたけど元はと言えばルルーシュのことだったのだ。
最近ルルーシュはおかしかった。僕たちと距離を置くようになったのだ。僕とユフィが一緒の時に気を使ってくれるのは前からだったのだが、最近ではそれ以外の時も僕とはあまり一緒にいてくれない。理由はわからない。僕が何かやったのかとも思うのだがそれならルルーシュは僕を避けるのではなく面と向かって言ってくるだろう。わざわざこんな回りくどいことはしないはずだ。でもそうするとルルーシュの態度に説明がつかない。今さら僕たちと距離をおく必要がどこにある。あの日から、というのならわかるのだが・・・
そう、あの日。ルルーシュから告白された日―――。


あの日、僕はルルーシュから呼び出しを受けた。放課後、屋上に来てほしいという内容だ。
古風にも紙に書いて僕のカバンの横に素っ気なく置かれてあったのだ。(今思えば、もし僕がその紙に気付かないか、もしくは紙自体が飛ばされて無くなってしまっていればルルーシュは告白を諦めたんじゃないかと考えている)
実を言うと僕はあの日、ルルーシュから言われる内容を分かっていた。おそらくルルーシュも僕が知っていたことを知っていたはずだ。だから僕は、あらかじめ用意してきた答えをルルーシュに告げた。ルルーシュの想いには応えられない、そうはっきり告げたのだ。何故なら、その時すでに僕はユフィのことが好きだったから。彼の想いには応えられなかった。
僕は彼にそのことを告げた後、何も言わずに屋上を後にし教室に戻ってきた。もう誰もいないだろうと思いながら開けた教室の扉。だがそこにはユフィがいた。
ユフィは僕を待っていてくれて、そして僕に好きだと言ってくれたのだ。
僕は一瞬戸惑った。ルルーシュから告白されたその日に彼女の想いを受け入れるには抵抗があったのだ。でも仮にも好きな女の子から告白されて嬉しくない男などいるはずがない。
僕は若干の罪悪感を抱きながらも、ユフィの想いに応えたのだった。


その日は、ユフィと付き合うことになったことをどうやってルルーシュに報告しようか一晩中悩んだ。でも結局傷つけずにルルーシュに伝える方法が思い浮かばなくて。
翌日そのままルルーシュと対面することになってしまったんだ。
どうにも気まずくて僕がどうしようと困惑していたら、なんとルルーシュの方からやって来てユフィと付き合うことになったことを祝福してくれたのだ。僕はその時、申し訳なさと祝ってくれた嬉しさで思わず泣ぐんでしまい、その後ルルーシュに散々からかわれたのだった。
最初は、彼のあまりにいつも通りな態度に虚勢を張っているのかとも思ったのだが、それからの日常も告白される前とまったく変わらず、それどころか微妙に気を使っていた僕に対して好きだったのは本当だけど今度は親友として今までと変わらずに過ごしていきたい、とまで言ってくれたのだ。告白により何かが変わってしまうことを恐れていた僕にとってその言葉は本当に嬉しいもので。彼が本当に大事だと思った瞬間だった。
そう、だからこそ告白時でさえそんなであったルルーシュの態度が今さら変わる理由がわからないのだ。あれから3年が経つけれど、ルルーシュの態度がおかしかったことなど一度もない。だからあの告白が関係してるはずがなくて。


・・・でも、


僕の告白時でも変わらなかった態度を変えてしまうほど、それはルルーシュにとって重たいことなのだとしたら・・・


「いやだな・・・」


「はい?なんか言いましたか?」
「え?あ、ううん、何でもないよ。ほら、もうそろそろ帰らないかなって思ってさ」
「まぁ!誰のせいでこんなに遅くなったと思ってるの?」
そう拗ねてみせるユフィに僕は笑ってごめんごめんと返して、ほっと安堵した。
考えていたことがつい口に出てしまって。ユフィまでは届かなかったみたいだけど、聞こえてなくて良かったと思う。
だけど、


僕はいったい何が嫌だったのだろう?




わけのわからない感情を持て余しながらも鞄を持って教室を後にした。






+++

アッシュフォード学園は本編とは違って都会には建っていません。(いえ、本編がどこに建っているのかは知らないのですが)山と隣接してて、スザクが迷ったのは正門ではなく裏口から入ってしまったためです。この山には校舎の裏の方から入ることが出来て、ちょっとした森林浴が楽しめる所。スザクが樹海みたいと感じたのは迷っていたから少し大袈裟になったためです。しかしそんなところから入って来ても持ち前の勘でもって着実に正解(校舎)の方へと近づきつつあるスザクさん。だからルルーシュと出会った地点ではもうほとんど目的地に近かったんです。じゃあ何で迷ったのかって・・・そりゃルルーシュさんと出会うためでしょう。教室に行けば会えるのにわざわざフライング。スザクってばお茶目さん。

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