窓際の席の、艶やかな黒髪。
春先なら開け放たれた窓から入ってくる風によってさらさらと流れるように靡くそれ。
今は冬なので、窓が放たれることはない。だから、艶やかな黒髪はただ持ち主の頭部に沿って美しい曲線を描いているだけのはずなのだが・・・
肝心の当人がいない。
あれ?
「あ、ねぇリヴァル。ルルーシュどこに行ったか知ってる?」
とりあえず僕よりも先に来ていたリヴァルに聞いてみる。
「ん〜さぁ?俺は知らないけど」
その様子は何か隠してる風でもなくて・・・
本当に知らないみたいだ。
「ん、わかった。ありがとう」
「おう!」
リヴァルにお礼を言うとノリの良い返事が返ってくる。
リヴァルは本当に良い奴だ。
これからは極力リヴァルに妬かないように心掛けよう。
きみがいない
そんなわけでスザクは走っていた。
「まったくもう、」
ルルーシュのやつ、どこに行ったんだよ!
心の中で叫びながらスザクは校内を駆けていく。
授業が終わってすぐに探し始めたスザクは、すでに放課後を呼べる時間が終わりつつある今もまだ、ルルーシュを探し回っていた。さらに加えて言うならスザクが探していたのはなにも放課後だけではない。朝のHRが終わった辺りから休憩時間となる度にどこかへ消えてしまうルルーシュを求めては何度も走り回っていたのだ。しかし、昔からやたらに隠れるのが上手なルルーシュ。一度姿を見失うと再び探し出すのは至難の業。だからこそ見失わないようにと授業が終わる度にルルーシュを見張っていたはずなのに、今日はとことんタイミングが合わない。毎時間ルルーシュに逃げられていた。挙句には昼休みこそは必ず掴まえてやると意気込んでいたスザクを、だがいざ4講時が始まるとそんな決意を嘲笑うかのようにルルーシュは見事なサボりを披露してくれた。しかもそれ以降は姿すら見せず、ついぞ帰りのHRにも顔を出さなかった始末である。
「なんで、こんな時にだけ、消えるのが、早いんだ、よっ!」
掛け声に合わせて、普段は立ち入り禁止になっている西棟の屋上のドア(ロック済)を蹴り開ける。もはやスザクはルルーシュに会いたい一心だけで動いていた。
夕焼けに染まった屋上。
辺りには誰もいない。
しかしスザクは気にせずに屋上から更に上、つまり屋上と学内を繋ぐ扉の上を見上げる。
貯水タンクが見えそこに続く梯子があるのを確認して迷わず登っていく。頭が一番上の段を過ぎた辺りで、
「・・・いた」
ようやく目的の人物を見つける。
愛し焦がれていた人。そんな彼は僕のことなど気にもせずに惰眠を貪っていた。冬にしては暖かい今日。それでもそれなりの寒さのある季節に屋上で居眠り。決して体が丈夫なわけじゃないのに。相変わらず自分に無頓着な幼馴染に思わずため息が出てしまう。確かにここなら誰にも見つからないだろうけどね。
はぁ・・・
僕が必死にルルーシュを求めていても当の本人はこれだもの。
本当につれない。
「ルルーシュ」
「・・・・・・」
「ルルーシュ」
「ん・・・す、ざく?」
「おはよう。ずい分熟睡してたみたいだね。冬の屋上に一体何時間いたの?」
そう言って漆黒の髪を軽く梳けば、触れた額すらも冷たい。
思わず眉を顰めてため息を吐いては、今日何回目のため息だっけ?と自問してしまう。
しかしその原因のルルーシュはと言えばまだ半分以上が眠りの世界。
「ん、あぁ・・・今、何時だ・・・?」
「もうすぐ5時になるよ。授業はずいぶん前に終わった」
「あ〜・・・寝過ぎた」
「だろうね」
そう言いながらも、まだ眠たそうに目を擦る姿は本当に愛らしくて、先ほどまでの苛立ちも忘れてほんのり幸せを感じる。絆される。
つれなくてもいいや、なんて。
多分こんな無防備な姿を見ることができるのは僕だけだから。
「帰る?」
「・・・帰る」
「はい」
そう言って鞄を差し出せば、
「ん」
当たり前のように受け取ってくれる。
あぁ、やっぱり幸せ。
そんなことを思っていると、ルルーシュが下に降りようとするので焦ってしまう。
「ちょ、ルルーシュ!」
「なんだ?」
「まだ降りないで!僕が先に降りるから!」
「?別にどっちが先に降りても変わらないだろ?」
それが変わるんだってば!
「いいから僕がっ・・・!?」
「ほぇあ!?」
「ルルーシュっ!!?」
あぁもう!なんてお約束の展開!
目の前には、梯子から足を踏み外して下に落ちていく愛しい人。大した高さはない。決して悪いわけではないルルーシュの運動能力、けれど肝心なところで抜けている彼にしかも今回はアクシデントに弱いという弱点すらも刺激するオプション付きの状況。それによって引き起こされる事象は、なんだか考えただけでもぞっとする。咄嗟に僕は床を蹴り上げていた。そしてルルーシュよりも先に地面に到着するとすぐさまルルーシュを受け止められる態勢に移行させる。
結果は、
・・・上々。
なのだけれど、
「なんて心臓に悪い・・・」
腕の中の人が無事なのを確認してから僕は盛大な溜息をついた。
あぁほんとに、今日何回目のため息だろう。
「す、ざく・・・」
ルルーシュはこちらを伺うように僕に視線を向ける。
「だから先に降りないでって言ったのに・・・」
自然、責めてしまうような声になるのは仕方ない。誰だって、愛しい大切な人が目の前で落ちていく様など見たいものではないのだから。
「・・・落ちる予定はなかったんだから仕方ないだろう」
「当たり前。落ちようと思って落ちる人なんて自殺希望者くらいなものでしょ」
反論に正論でもって返してやれば、むっと頬を膨らませて不貞腐れる愛しい人。 だからなんでそう無駄に可愛いの君は。
しかし必要以上に機嫌を損ねれば一緒にいさせてもらえなくなるので、それは困る僕はフォローを入れておくことにする。
「僕だって必ずしも君が落ちるなんて思ってないよ?」
「それこそ当り前だ!」
あれ?なんか逆効果?
どうやら火に油を注いでしまったようで、僕は慌てて弁解の言葉を探す。
「え、と、だからね?今日はルルーシュはずっと眠たそうにしてたでしょ?しかもさっきまで眠ってたからまだ頭がぼうっとしてるんじゃないかと思ってね?」
「・・・・・・」
あ、少し落ち着いた。良かった。今日は軍がないからルルーシュの家に泊まりたかったのだ。こんなことで機嫌を損ねられては堪らない。
「ね、ルルーシュ」
「なんだ?」
「一緒にいてもいい?」
「?今日泊まりに来るってことか?もちろん、」
「それもそうだけど。・・・ずっと」
「ずっと?」
ルルーシュはきょとんとしている。
「ずっと一緒にいてもいい?」
病めるときも、健やかなるときも・・・なんてお決まりのフレーズ。
まだ言えないけど。
「それ、は・・・」
「だめ・・・?」
「だって、お前・・・意味わかって、」
「勿論わかってるよ」
「なら、」
「君を守りたいんだ」
その言葉にルルーシュがぴくんと反応する。
「・・・守られなきゃいけないほど弱くはない」
あぁ、言い方が悪かったか。でも仕方ない。混じりけのない、心の底からの願いなのだから。でも本人に認められなければ困るのは自分。
「ルルーシュは強いよ」
それは、認められたいがためだけに出た言葉ではない。ルルーシュは確かに強いのだから。
「では何故そんなことを言い出す?」
「相手が弱くなければ守ってはいけない?」
「そういう問題じゃ、」
「僕にとってはそれが問題だ」
「・・・」
「ね、だめ・・・?」
思案するルルーシュに、更に畳みかけるように甘く請う。
ルルーシュがこの声に、この顔に弱いと知っていてとる卑怯な手。
「駄目だ、って言ったらどうするんだ・・・?」
「ん、仕方無いからストーカー・・・?」
「・・・許可があるかないかの違いってわけか」
「まぁそうなるね」
「・・・お前には、もっと相応しいやつがいるだろう」
「それは僕が決めることだよ」
「だけど、」
「僕は君の騎士になりたい」
ルルーシュがはっとしたようにこちらを見る。
僕も目を逸らさない。
しばらく経ってルルーシュが口を開く。
「俺はお前に、ナナリーの騎士になってもらいたい」
しかし、出てきた言葉はあまりにも予想外で。
「は?」
「ずっとそう思っていた。7年前から」
僕はルルーシュを凝視した。
なんだろう、これは。
思った以上にダメージが大きいぞ・・・
確かにルルーシュの騎士になるのは難しいとは思っていたけれど。(本人が皇族であったことにコンプレックスを抱いているせいで)よもや、これ以上ないというほどに恋い焦がれた人から、別の人物への騎士仕えを勧められるとは思ってもみなかった。いや、ルルーシュの性格を考えればこういう展開も予想しえないというわけではなかったのだけど。それにしたってこれは・・・あんまりではなかろうか。
とは言え、このままこの問題を放置しておけば最悪の事態にもなりかねないので、兎にも角にもルルーシュの認識を変えることが先決だと、この上もないほど悲しい結論をつける。
「あのね、ルルーシュ」
「なんだ?」
「僕はナナリーじゃなくて、君の、騎士になりたいんだけど」
「・・・ナナリーのどこが不満だ」
いや、ナナリーが不満なんじゃなくてね、
「ナナリーは大事だし、ずっと守っていくつもりだよ。ルルーシュが許してくれればね。ただ、それとこれとは別問題で」
「同じ問題だろう。お前は騎士になりたいのだし、ナナリーのことも守っていく覚悟があるのだろう?そして俺はお前にナナリーの騎士になってもらいたい。ならナナリーの騎士になれば万事解決じゃないか」
「だから僕は!ただ騎士になりたいんじゃなくて、君の騎士になりたいんだよ!誰でもいいわけじゃない!! 」
思わず怒鳴ってしまった。
慌ててルルーシュの様子を探ると、瞳の奥に傷ついた色が見え隠れしている。
やってしまった・・・
出来るだけ穏やかに話していたかったのに。ルルーシュがあまりにも傷つくから。今回のはちょっと仕方無いとも思うけど、それでもそれが君を傷つけていい理由にはならなくて。他者にはどこまでも気高い君が僕の言葉にはどこまでも無防備なのだと知っているから余計に。
「あぁ、だから別に責めているわけじゃなくて、僕はただ、わかってもらいたかっただけなんだルルーシュ。君に」
揺らぐ瞳を覗き込みながら優しく語りかける。
すると安堵したのかルルーシュの心拍数が先ほどよりも落ち着いてきた。
「別に責められたって構わないさ。すべてはお前の意思だし、俺がとやかく言える問題じゃないからな。ただ・・・お前が騎士になりたいだなんて言うから・・・それならナナリーの騎士になってほしい、そう思っただけだ」
この可愛い人は、確かに傷ついているはずなのにいつもこうやって自分を傷つけるような、自虐的な振舞いをする。
「・・・ルルーシュは、自分にはどこまでも無頓着だよね」
何故自分に優しくできないのか。こんな生き方をする人を、他に見たことがない。
「別に無頓着ってわけじゃないさ。ただ俺は男だし。自分が格別に弱い人間だとも思っていない。そりゃ暴力に訴えられればお前ほど強くはないからな。負けるかもしれないが、屈伏するわけではない。ただ痛い、それだけなんだ。・・・だから、俺に騎士は必要ないんだよスザク」
ルルーシュ、それはどんな理論?
笑って君はそんなことを言うけれど、痛い、それこそが回避するべき事象だろうに。誇り高くあったとしても、暴力を振るわれて悲しくないわけはないのだから。
「・・・そうだね。確かにルルーシュには必要ないかもしれない」
やっぱり必要だよ、君には。
自分のことを大切にできない君には。
口では真反対のことを呟きながらそう思った。
「だろ?お前もどうせなら、俺みたいに可愛げの欠片もない男より、ナナリーみたいな可愛い女の子の方が守りがいもあって良いだろう」
その言葉に僕は苦笑いをする。
君は十分可愛いよ。
そして、強いけれど脆い。
君はそれを自覚していないだけだ。
でもそれをルルーシュに言うことはしない。指摘してしまえば、ルルーシュは更に頑なな硬殻でもって閉じこもってしまうだろうから。君は、自身のために他者を使うことを良しとしない。そんな気高い君だからこそ僕は、
「それでも僕は君の騎士になりたいんだよ、ルルーシュ」
言葉にルルーシュは眉を顰める。
「・・・何故そこまで俺に拘る?」
心底不思議なのだろうルルーシュは、さもわからないから答えを教えてくれとばかりに首を傾げる。
答えなんかわかりきっているのに。
「さぁ?なんでだろう・・・」
だから答えを焦らしてみた。
これくらいの意地悪はいいだろう、と思うくらいには先の台詞に傷ついていたりもするのだ。
「お前な、」
案の定ルルーシュは少し不機嫌になる。そんな態度も、この上もなく愛しく思えてしまうのだから重症だ。ただ、伝えることだけは伝えたい。言葉を惜しんでは、この皇子様は手に入らないから。
「ずっと、」
「なんだ?」
「ずっとね、騎士になるなら君って決めてた。・・・ううん、違うな。騎士になるならじゃなくて、君がいるから騎士になりたいんだ僕は」
「それは、俺が元皇子だからか?」
「違う」
「なら何故?」
「君がルルーシュだから」
「?」
「大切な君だから、失いたくない」
皇子なんて、関係ないよルルーシュ。
「でも俺は、お前にナナリーの騎士になってもらいたいという望みを捨てられない」
「・・・ルルーシュこそ、なんでそこに拘るの?別に僕がルルーシュの騎士になったからナナリーを守らないとか、そんなわけじゃないんだよ?」
僕は君の騎士になりたいけど、守りたいのは二人だから。
僕の帰る場所である君たちを。
「・・・お前以外に適任がいない。俺が安心してナナリーを任せられるやつが・・・」
その言葉にはっとした。
君が、きっと命よりも大切だというナナリーを託す意味。騎士にと望むその理由。
きっと、最近の睡眠不足に関係するその理由。
君は話してくれないけれど、いつもルルーシュのことを見ている僕にはわかる。
「ルルーシュ・・・」
「なんだ」
「僕は、すべてを君に委ねる覚悟があるよ?」
「・・・どういう意味だ?」
「・・・君が遠くに行ってしまいそうで怖い」
その言葉に今度はルルーシュがはっとした。目を張ったその瞳が、漠然とした不安を現実のものにするかのようで、悲しい。・・・悲しい。
君が離れて行ってしまう。僕の手の届かないところに。
君がいってしまう。僕を置いて・・・でも、
そんなことはさせない。
だって、
まだ君はここにいる。
君がいなくなる前に、
僕は気付けただろう?
「ね、ルルーシュ」
「・・・なんだ」
「僕を信じていてね」
「・・・何を?」
「どんなことがあっても、僕が君を選ぶってことを」
「・・・」
ルルーシュは何も言わない。それでもいい。
今はいい・・・
「今が信じられないのなら、これからルルーシュが信じられるようになるまで何度でも伝えるから」
僕がどう思っているか、ルルーシュが知っておいてくれればそれだけで今は十分だ。
「だから、一人でなんでも抱え込まないでね」
「スザク・・・」
「いつか、すべてを話して・・・」
「・・・!」
・・・そんなに驚かないでよ。
君の様子がおかしいことくらいわかるに決まってるでしょう。
なんだか、騎士になるまでにやることは多そうだ。
色々と認識を変えてもらわなければ。
「とりあえず、まずはナナリーの騎士を諦めてもらうことにするかな・・・」
「別に俺に拘らなくても、ナナリーの騎士でいいと思うんだがな・・・」
「その言葉、そのまま君に返すよ」
「・・・」
「不貞腐れないの」
「・・・されてない」
「そう?」
言いようがあまりにも子どもっぽくてつい笑みがこぼれてしまう。
「それよりスザク・・・」
「うん?」
「いい加減に放せ」
言われてみて、改めて今の状況を確認した。そう言えば・・・さっきルルーシュを助けてからずっと抱きしめたままだった。
「あまりにも抱き心地良かったから放し忘れてた・・・」
「抱きっ!?この馬鹿!さっさと放せ!」
途端に暴れだすルルーシュ。
けどなんだろう、痴漢とかに絶対遭わないでねルルーシュ、とか思ってしまう。
多分、全力を出しても抑え込まれてしまうだろうから。
やっぱり騎士は必要だな、改めて決意する。
「はいはい、暴れないの。・・・立てる?」
「馬鹿にするな!」
「してないよ、もう」
「どうだ、か・・・おいスザク」
「うん?」
「あれは何だ?」
「あれ?」
ルルーシュが示す指の先には、
「あ、」
見事に破壊された扉があった。
だって、
君がいなかったんだもの。
+++
どんな話だ。
ルルーシュはスザクが自分を好きだってことはまだ知りません。
とりあえず、ルルーシュの騎士に認められなかった編です。
その割に糖度は高い方だと思うのですがどうでしょう?
>>back