スザクさんは繰り越しになりました。
今回は都合によりルル←ミレでお送りいたします。

※このお話は(たぶん)スザルルです







あの頃・・・






向けられる感情の何よりも、






好意が怖かった。

















+++



「ここが日本なのですか?」
ナナリーが移動中の車の中から外を眺めて尋ねた。



「そうだよ。ここが日本でもあり、世界でも有数の経済国である日本の首都、東京だ。ほら、あちらが政庁の方角だよ」
「大きい建物がいっぱいですね!」
「日本は特に面積が小さいというわけではないんだけどね、住んでいる人口が多いんだ。だから必然的に高い建物が多くなるんだよ」
シュナイゼルは、日本に来て興奮気味のナナリーに優しく語りかけている。
そんな2人の会話を聞きながらルルーシュは、何も言わずに窓の外を眺めていた。
ナナリーが楽しそうで良かったと感じる一方でルルーシュ自身はどこか、
自分が自分ではないような空虚感を味わっていた。







昨夜ブリタニアを出発し、今日の午前に日本に着いた。
着くとシュナイゼルを迎えるため待ち構えていた日本外交官たちが一斉に押し寄せたが、ルルーシュたちは別口にて空港を出、予め決めてあった待ち合わせ場所に向かった。今やこの国のトップであるシュナイゼルがわざわざ空港を使ったのは、その方がルルーシュたちを誤魔化しやすいと判断したためである。


シュナイゼルと離れている間、ルルーシュたちの護衛をしていたのは、コーネリアの教育係でもあり、コーネリア付きの軍人でもあるダールトンであった。わざわざコーネリアがダールトンともあろうほどの軍人を寄越したのには、ルルーシュたちの護衛という以上にルルーシュの精神的負担を考えてのものだっただろう。そこまでコーネリアに気を使わせてしまった己の不甲斐無さを悔しく思いながらも、やはり見ず知らずの人間よりも、己の知っているしかも優秀な軍人であるダールトンが傍にいるという状態はルルーシュを思いの外安心させるものであった。ここにきてコーネリアの判断は正しかったと言えるだろう。


ダールトンの保護のもと、ルルーシュたちはシュナイゼルとの合流場所であるホテルに向かった。シュナイゼルは挨拶回りのため遅くなるのだろうと当たりを付けていたルルーシュであったが、予想に反してホテルには既にシュナイゼルがいた。


シュナイゼルはルルーシュたちを見るなり笑顔で向かってくる。
おそらく、ルルーシュたちが心配だったのだろう。シュナイゼルは外交官たちや官僚との挨拶を最低限で済ませると、急いでこちらに向かったようだ。


気を使われている、


そう思った。










「やぁ、ご苦労さま。ダールトン、あとはいいからしばらく休むといい」
「イエス・ユア・ハイネス。それでは失礼させていただきます」
「うむ」


そう言うとダールトンは去って行った。とは言っても泊まるホテルは一緒であるし、部屋だって隣りなのでまたすぐに会うことになるのだが。おそらく仮眠をとりにいったのだろう。
昨夜からずっとルルーシュたちに付きっきりでロクに仮眠もとれていなかったはずであるし、それに今晩になれば、シュナイゼルがいないためにまたダールトンは眠らずにルルーシュたちの護衛をすることになるのだ。シュナイゼルが付いている間だけでもダールトンに休息を取らせる。そのための早めの解放なのだろう。







「さて、ルルーシュ、ナナリー。ひとまず部屋に行こうか。東京の案内はそれからだね」


シュナイゼルはそう言って部屋へとルルーシュたちを促す。
荷物は予めホテルに運び込んである。従者を連れてぞろぞろと大名行列をやるつもりはないのだ。なんのための極秘だか分からなくなってしまう。
ロビーを通り向かった部屋は、王宮に比べたら質素な、だが所々に気品を感じる確実に上ランクのそれであった。


部屋に着くなりナナリーは楽しそうに辺りを見回す。
「お兄様!見て下さい!あんなに建物が小さく!」
窓の外に見える初めての高さの光景にナナリーは喜び露わに、ルルーシュを窓際に連れて行こうとする。
「ナナリー、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。景色は逃げたりしないよ」
ナナリーに引っ張られながらルルーシュは優しく声を掛けるが、内心では無理もないと思っていた。なんせ初めての旅行なのだ。今までは国外はおろか、国内でも自由に歩くことのままならなかった身。それを考えると、ナナリーのこのはしゃぎようは至極当然のものなのだろう。


良かった、と思う。


母が死んでから、こんなにも楽しげに笑うナナリーは見たことがなかった。これが自分の力でなかったことを歯がゆく思いながらも、ナナリーのこの笑顔を見れただけでも、わざわざ日本まで来た甲斐があったと思う。



そう、日本。



「・・・これが日本、なんだな」
眼下に広がる光景を見ながらそう呟く。



ブリタニアが、あれだけの労力を掛けても手中にしたかった国。
一歩間違っていれば、ブリタニアに侵略されていた国。
先ほど車の中から見た光景では、人々は実に幸せそうに笑い合っていた。とてもこの間まで戦争の危機に瀕していた国とは思えない光景だった。
なんて平和な国なんだろうか。ブリタニアが何を考えているのかもしれないで。きっと、ここにいる人たちはみんな、ブリタニアがどんな国なのか本当には知らないのだ。あんな、人を道具としか見ず、奪い、奪われて、政略と駆け引きが日夜渦巻いている国。


王宮の在り方は、そのまま国の在り方となる。


つまり、ブリタニアはそういう国なのだろう。
奪って、奪って、奪いつくす、支配の国だ。


日本との間には友好条約が結ばれた。
条約により、人々は無駄な血を流さずに済んだのだ。
それは、ひとえに義兄であるシュナイゼルの功績が大きかっただろう。
だが、その条約にしたって、結局は建前でしかないのだ。そしてブリタニアはいつ態度を翻すかわからない。条約を結んだからと言って決して安心などできる国ではないのだ。
なのに、この国の人々は笑っている。
もう、自分たちは戦争とは無関係の世界にいるのだと笑っているのだ。
安心しきって・・・


その姿が、まるで母が生きていた頃の自分のようで・・・
何も知らずに安穏と生きていた自分のようで・・・


何故だろう。


すべてを壊してやりたくなった・・・





「・・・・・・ごめんなさい」





偽善・・・

そう自嘲しながら、





誰にも聞こえないように呟いた。











+++


「これ、どこに向かってるんですか?」


ホテルを出てからはシュナイゼルに連れられて東京の名所を見て回った。もちろんシュナイゼルは今では日本でも有名人であるので、ある程度の変装をした上、極めて安全だと判断される場所のみでの移動であったが。

気付かれないもんなんだな・・・

あれだけテレビだなんだと出ているのに、今日見て回った中でシュナイゼルに気付いたものはほとんどいなかった。気付いたものと言えば、ランチで入ったホテルの者たちくらいだろう。
まぁそれも仕方の無いことなのか、とルルーシュは思う。
髪の毛を金髪から茶髪に、瞳の色もそれに合わせて茶色の虹彩にしただけで人はこんなに変わるのかとルルーシュでも思ったのだ。一般的な日本人に外国人であるシュナイゼルを見分けろというのは酷なのだろう。



シュナイゼルと共に回った観光はナナリーを大層喜ばせたようで、今は少しはしゃぎ疲れたのかルルーシュの膝に頭を預けて眠っていた。そんなナナリーの髪を軽く梳いてやりながらナナリーの顔を見る。穏やかな寝顔だった。その様子にルルーシュはほっと肩の力を抜いた。


大丈夫・・・
ナナリーは生きてる。

そう。
僕が守り続けるんだ・・・
僕が・・・


「ちょっとね・・・」
突然シュナイゼルが話しだした。


「え・・・?」
「知人のところに寄って行こうかと思って」
一瞬なんの話だろう?と思ったが、あぁ、そういえば質問をしたのだったと、何故か昨夜から働かない頭のどこかで思った。
「知人・・・ですか?」
「そう、知人」
そう言うシュナイゼルの瞳は、悪戯っ子のような色を湛えている。


知人・・・
シュナイゼル兄様の知人・・・


駄目だ。
確かにシュナイゼルにだって知人の1人や2人くらいいるだろうが。
このシュナイゼルがわざわざ会いに行くほどの知人というのが想像付かない。



・・・行けばわかるか。

わざわざ自分を連れてということなら、自分をその知人に会わせるつもりなのだろう。着いてわかることなら今考える必要はない。ルルーシュはそう結論付けて思考を停止させる。



日本にいる間くらいは何も考えずにいたかった。










+++



「ルルーシュっ!!」


呼ばれて振り向く。
そして驚いた。
だって・・・


「み、ミレイ!!??なんで!?」


そう、そこにいたのはミレイ・アッシュフォード。
かつての自分の婚約者だった少女だ。
ミレイはルルーシュを見つけるなり背中から抱きついてきた。


「やだ!ほんとにルルーシュなのね!?ルルーシュ・・・っ!」
そしてきつく抱きしめてくる。
その瞳には少しの涙が滲んでいた。
その姿にルルーシュは何とも言えない気持ちが込み上げる。

「ミレイ・・・」

昔からこの人は突然が多かったのだけれど、まさかこんな地で会うことになるとは思わなかった。こんなブリタニアから離れた地で・・・

久し振りに見る懐かしい顔にルルーシュも感情が揺り起こされ、
しばらくそのままの体勢で抱きしめ合う。


のだが、


「さて、お嬢さん方。懐かしがっているところを悪いのだがね。そろそろ来賓室の方へ案内してくれないかな?」


声が掛かって気付く。


そうだ。すっかり忘れていたが兄上も一緒だったんだった。
っていうか誰がお嬢さんですか。ルルーシュは思ったが、
それよりも今の自分たちの状態が思い起こされた。


抱きしめ合っているこの状態。


「「・・・っ!」」


2人とも慌てて離れる。
少し顔も赤い。


だがそこはさすがのミレイ・アッシュフォード。


「これは失礼いたしました、シュナイゼル殿下、ルルーシュ殿下。非礼をお詫びいたします」


そう言って、深く頭を下げる。
その姿からは先ほどまでの無邪気さを微塵も感じさせない。
洗練されたその振る舞いに、シュナイゼルも感心を示す。

「いや、2人の仲が良いのは知っていたつもりだ。2年ぶりともなれば感慨深さもひとしおだろう。まだ君たちの仲が良いことを知れて私は嬉しいよ」

そう言ってシュナイゼルは微笑む。

「殿下・・・ありがたきお言葉にございます。それでは来賓室の方へご案内いたしますので、どうぞこちらにいらしてください」

ミレイはシュナイゼルからの言葉に嬉しそうに笑い、一礼をした。
そしてそのままみんなを先導する。



その姿はどこから見ても伯爵令嬢そのもので、とても齢11才の少女であるなどとは感じさせないほどの気品に溢れていた。









+++



「ナナリーちゃんは?」
ベンチに座るなりミレイがそう尋ねてくる。


来賓室に着くと、シュナイゼルは2人を解放した。
おそらく、2人の時間を作ってくれたのだろう。
いや、むしろ・・・ルルーシュとミレイを会わせるのが目的だったのだ。
本当に色々と気を使ってくれる・・・


「車で寝てるよ。起きたらこっちに連れて来てくれるはずなんだけど・・・この分じゃまだ起きてないみたいだ」
「そう・・・」
ベンチに座りながら風を感じる。



来賓室を出てから、2人で庭に来ていた。
春の季節に相応しく、辺りには色とりどりの花が咲き乱れている。
空を見上げれば雲ひとつない青空が広がっていた。
更に上に沿って見上げると、シュナイゼルのいる来賓室の窓が見えた。
こちらを見て手を振っている。
それに軽く視線を交わらせることで返し、
再び空の方に意識を向ける。

日差しが暖かい・・・



「少し、変わった?」
唐突に少女が口を開く。


「何がだ?」
「ルルーシュ」


そう言って少女は悪戯気に、でもとても嬉しそうに笑った。


「そう、かな・・・?」
「昔から大人びていたけれど、なんだか今はもっと落ち着いたみたい」


言われて、あぁ、と思う・・・。


「・・・色々あったから」


そうだ。
色々・・・


「・・・そう、ね。私も色々あったわ。ね、ルルーシュは何があったの?私、ルルーシュの話が聞きたいな」
「僕の?」
「そう、」


"ルルーシュの"
彼女は本当に嬉しそうに名前を綴った。



僕の・・・

そう言われても困ってしまう。



「・・・特に話すほどのことはないよ。大したことはなかったんだ」

色々あったとは言っても、今この場に相応しい話題ではない。
王宮での話は、こんな緑溢れる、美しい庭には相応しくない。

「大したことなくてもいい。ルルーシュの、この2年間のルルーシュの話が聞きたい。どんなに些細なことでもいい・・・」

そう言ったミレイは、必死だった。

それは、自分が居られなかった2年間の空白を少しでも埋めたい、という少女の切ないまでの慕情であったが、幼いルルーシュにはそこまでは分からない。




「・・・本当に大したことないんだ。ただ朝起きて、勉強して、宮殿に出向いて、兄上の屋敷に行って、・・・あとは時々パーティーに出る。そんな毎日を繰り返してるだけだよ。目立った大きな出来事も特にない。そんな日常さ」

そう、ただ下らない毎日が繰り返されていく。
それだけだ。



「・・・そっか」
それきりミレイは何も言わない。


沈黙が流れる。






「私も同じだな・・・」
しばらくしてミレイが口を開いた。


「え?」
「・・・毎日勉強して、お母様の言うことを聞いて、家のための花嫁修業をしてる。毎日毎日同じ事の繰り返し」
「・・・うん」
「ねぇルルーシュ・・・」
「ん?」
「最近ね、最近すごく思うの・・・」
「・・・・・・」
「・・・あの頃にかえりたい、って。幸せだったって。ルルーシュがいて、ナナリーちゃんがいて・・・マリアンヌ様がいたあの頃が、幸せだったって・・・。よく、ナナリーちゃんやユーフェミア様とルルーシュの取り合いをしたわよね。誰が好きなの!?って・・・、ルルーシュに問い詰めても結局答えてなんかくれなくてさ。たった2年前なのにな。たった2年、なのに・・・なんでこんなに遠いんだろ。私たちまだ10年しか生きていないのよ?」
「うん・・・」
「私・・・あなたとずっと一緒にいたかった。ルルーシュと一緒に・・・ずっと、」


彼女はずっと空を見上げたまま動かない。

こちらを見ずに、それでもその切ないほどの願いを口にする。




「・・・僕もだよ、ミレイ」
「・・・ルルーシュ?」
その声にようやくミレイがこちらを見た。
「僕も、ミレイとずっと一緒にいたかった。母上がいて、ナナリーやユフィや、ミレイがいて。ずっとみんなで仲良くお茶会をしていたかった。・・・穏やかで優しかったあの時間のままでいられたら、よかった・・・」
「ルルーシュ・・・」
「たった2年で、こんなにも変わるんだな・・・こんなこと、2年前は考えもしなかった」
「・・・ごめん、なさい」
「?なんでミレイが謝るんだ?」
「だって私・・・。ううん、何でもない。なんとなく謝りたくなっちゃて・・・ごめんね?」
「?・・・おかしなミレイだな」
そう言ってルルーシュは笑った。
なんとなくおかしくなって、
他愛なく笑っただけ。
なのに、


「ルルーシュが笑った・・・」


「え?」
「今笑ったでしょ!ルルーシュ、」
ミレイの反応は大きかった。
「?僕が笑うと変か?」
何故こんなにもミレイが驚くのかが分からない。


「気付いてなかった?ルルーシュってば、私と会ってからまだ1度も笑ってなかったのよ?」


その言葉に軽い驚きを覚える。



言われてみれば・・・
ここ最近自分が笑った記憶がなかった。
社交辞令の微笑みくらいはしていたが、感情によって笑ったのなんて何日ぶりだろう・・・

自分は笑うことも忘れてしまっていたのか・・・



「やっぱりルルーシュは笑顔が一番素敵ね」

そう言って笑うミレイは本当に嬉しそうで暖かそうな表情をしていた。



ルルーシュはそれきり何にも言えなくなってしまう。



空を見上げると、気持ちの良い風に乗って桃色の花弁が舞っていた。
ルルーシュは、それが桜だなんてことは知りもしなかったけれど、
それでもその、淡い色をした花弁が伝えてくる、
どうしようもないこの切なさだけは、


忘れたくないな、


そう思った・・・











+++


あれから他愛の無い話をし続けていたルルーシュたちの所に、シュナイゼルが迎えに来て、ルルーシュたちはホテルに帰ってきていた。

ベッドの中で、別れ際のミレイを思い出す。

彼女は帰るルルーシュたちを車まで見送りにきてくれた。
まだ会っていなかったナナリーに挨拶をしに来てくれたのだ。
ナナリーは、久し振りに会うミレイに嬉しさを隠せず、
最後には少し泣いていた。
そんなナナリーをみんなで微笑ましく見守って、
今度こそ帰るという時に、ミレイがルルーシュにだけ聞こえる声で言った。


「もし何か私の力が必要になったら絶対に呼んで。私のあらゆる力を使ってルルーシュを助けるから。私は、それまでにルルーシュたちを助けられるくらい強くなるから。絶対に・・・絶対に強くなってルルーシュを助けられるようになるわ・・・だからそれまで待ってて・・・」


そう言ったミレイの瞳は涙を溜めながらもまっすぐにこちらを見ていた。
ルルーシュは、そんな彼女に何も言うことができず、ただ見つめ返すばかりだった。


形ばかりの了承をしめすのは簡単だったが、そんな軽い気持ちでは彼女の真摯な気持ちに対して失礼な気がしたのだ。


だから何も返せなかった。


ルルーシュはその言葉を信じられなかったから・・・







本当は、

その言葉を信じたかった。

きっと、彼女の心からの言葉だったから。





でもルルーシュは、心のどこかでその言葉を疑っていた。





今の自分には・・・

向けられるすべての好意が

怖くて仕方なくて。





笑顔の裏で、何を考えているのか、

親切の裏に、何が潜んでいるのか。





それは、善であればある程、

ルルーシュの中で猜疑心が募っていくのだ。

頭では違うと分かってもいても心が邪魔をする。





「ナナリー・・・」

ルルーシュは、隣りで眠っているナナリーの髪を何度も何度も梳いた。
ナナリーが生きていることを何度も確認するのだ。

温かい・・・

今のルルーシュにとっては、それだけが救いだった。

ルルーシュはずっとナナリーの髪を梳き続ける。





結局その日、ルルーシュが眠りにつくことはなかった。






+++

あれ?スザクさーん?

続きます。

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