スザクとルルーシュは同棲しておりクラブハウスに住んでいます。
ルルーシュはゼロとしての活動はしていません。
スザクが軍にいるのは生活費+将来家を建てるための資金源です。
都合によりルルーシュさんはそっち方面が無知ということで。
ルルーシュ(18)、スザク(18)、ミレイさん(19)(高校卒業)でお送りいたします。









+++



いつもと同じいつも通りの日常。なのに視線が痛い。かなり痛い。やめてくれ、確かに俺が悪かった。シャーリ―の言うこともナナリーの言うことも聞かなかった。自業自得だと言われれば確かにそうだったと頷くしかない。だがしかし。一体誰がこんなことを予測した?俺とお前は一体どれほどの星の下の巡り合わせだというんだ。そもそも俺ばかりが悪いようにお前は言うけれど、お前だって少しは悪いんじゃないか?すべて俺が悪いみたいなその視線はどうなんだ?元はと言えばお前が原因じゃないか。俺だけが責められるいわれなど・・・あぁ、でも今はそんなことはどうでもいい。どうでもいいのだ今更。今更何かを言ったところで事態は変わらないのだから。必要なのは過去ではなく現在だ。そして現在から未来へ、だ。だから誰か、頼むから俺の健全な未来のために、





―――この状況を何とかしてくれ。


















+++



どこまでも無機質なビルの大群。その景色が流されていくのを横目で捉えながら、昨夜からの続きになっていた書物を捲くっていく。その際になんだか妙に自分の指が視界に入ってきて、俺は軽く舌打ちをした。
「どうした?」
「・・・いや、別に」
俺の様子にはやたらと敏感なリヴァルがすかさず声を掛けてくるが、それを軽くかわしながら俺は再び書物に集中する―――フリをした。
いや、フリというか・・・集中したくても出来ないのだ。普段はあまり気にならない自分の指の白さ。それが今日はやたらと気になるせいで。まぁ原因は嫌になるほどわかりきっているのだが。



よく人からこの指が美しいのだという讃辞をもらうことがある。白く、男にしては華奢な部類に入る(屈辱的)この指は意外にも人受けするらしく、俺の隣りで必死で運転に集中しているリヴァルも斯く言うその1人だ。
前に一度、俺を乗せて運転していたリヴァルが事故を起こしたことがあった。
事故自体は大したものではなかったし、そもそも向こうに非があったのだがリヴァルにとっては大層大事だったらしく、事故の衝撃から帰るなりリヴァルは慌てて俺の方を見、そして無事を確認した途端に大袈裟なほど安堵のため息を吐いたのだが、その時、俺の指に(正確には手の平。体を庇った時に着いた手が偶々割れたガラス部分だった)ついた傷に気付いたのだろう、瞬間、リヴァルはそれもう本当に真っ青としか形容できないくらいに顔を青褪めさせ、どうしようどうしようと半ばパニックに陥るようにその傷を嘆き始めたのだ。
別に男の俺にとってかすり傷のひとつやふたつ、何を気にすることがあるのかと思うのだがあの時のリヴァルの真っ青になった顔を見てしまえばそんなことも言えずに(その時のリヴァルの顔は今でも忘れられない)、まぁ俺にとって大したことはなくても彼には大事だったのだろうとその時は無理やり納得したのだが。
しかし、何故かそれからしばらく経っても、それこそ未だにリヴァルは俺の指を気にするのをやめなかった。怪我は完全に治っているというのに、だ。
あまりに気にするものだから事故の傷はとっくに治ってるぞと声を掛けたのだが、当のリヴァルはその言葉に何を言われたか分からないという反応を返してくる。それを不思議に思って傷が気になって見ていたのではないのか?なら人の指ばかり(それも男の指だ)見て何が楽しいことがあるのか。尋ねてみれば、途端にリヴァルは慌てだし思わず口について出たのだろう(そんな様子だった)指綺麗だねっ、と顔を真っ赤にして吐いた言葉に俺は迷わず持っていた本を投げつけることで応えた。見事にクリーンヒット。普段の鍛錬の賜物なのだろうか、およそ他ではリヴァルに及ばない俺の運動能力のうち命中率だけはどこかの軍人でもない限り避けるのは至難の業だろうレベルにまで達していたらしい。肝心のぶつけてやりたい相手には未だに連敗中なのだけれど。(鍛錬の賜物の原因)
まぁとにかく俺はそのどこかの軍人のようなことをいう馬鹿な悪友に心底腹を立てて本をぶつけてやったのだ。全力で。それは密かに俺が自分の指にコンプレックスを抱いていたことにも関係するが、それを十二分にも分かっていてわざと俺に綺麗だとか、可愛いだとか言いながら自分の武道で鍛え上げた立派な指を絡めてくる(これがまた一層屈辱的なのだ。何しろ奴の掌には俺の手がすっぽりと包みこめてしまうのだから)一応恋人なのだろう男のことが頭に過ぎったからでもあった。つまりは軽いとばっちりだ。(でも顔を赤らめながら男に綺麗っていうやつもどうかと思うからルルーシュの中では自業自得)
ちなみにその事故以来、リヴァルは俺を乗せて運転をする時はやり過ぎだろうというくらいに細心の注意を払うようになった。それはルルーシュを危険な目に合わせたという以上に、その後に行われたスザクとミレイの報復によるものが大きいのだが当のルルーシュは知らない事実である。
あぁ話が逸れたな。それで何故今日はやたらと自分の指が気になるのかと言えば・・・



(くそ・・・あいつ。結局何も言わずに出て行きやがって・・・)



まさにその、件の恋人が原因であった。
昨夜、とある出来事が原因でルルーシュとその恋人―――枢木スザクは盛大に喧嘩をやらかした。とは言っても一方的に突っ掛かっていたのはルルーシュの方で、スザクに至ってはそれを軽く流しているだけであったが、それでも常であればルルーシュがそんな態度に出れば慌ててフォローを入れるあのスザクが、ルルーシュの言葉を流していたというのだからやはり彼にしたって少し喧嘩腰ではあったのだろう。
そのお陰でいつもは喧嘩にもならないうちに和解する2人の仲は、一晩明けた今になっても未だに修復されていなかった。当然だ。朝起きたら当のスザク自体がいなかったのだから仲直りなど出来るはずもない。そしてその行動が殊更にルルーシュの怒りを煽ったのも、ルルーシュを知る者から見ればやはり当然の結果であった。事実、スザクの不在に烈火の如く怒ったルルーシュは、だから、・・・置いて来てしまったのだ。



―――婚約指輪を。



ダイニングにある机の片隅に今はひっそりと置かれたシルバーリング。ルルーシュの薬指に寸分の狂いもなく合わさるそれは、紛れもなくスザク当人から贈られた婚約指輪だった。
10歳の時に別れたきりのスザクと再会したのは今から5年ほど前のことで、そのスザクから結婚して欲しいと求婚されたのはそれから3年後のことだった。
突然のプロポーズに最初こそ混乱したルルーシュであったが(当たり前だ。2人は付き合ってさえいなかった)、幼い頃から少なからず想っていた相手に求婚されて嬉しくないはずもなく。おまけにプロポーズの言葉はナナリーが高校を卒業したら学園を出てどこか小高い丘に家を建てて3人で暮らそう、というもの。
ルルーシュを知っているものならばそれが如何にルルーシュのツボを押さえた言葉であるか考えるまでもないだろう。実際自他共に認めるシスコンでありナナリー命のルルーシュがこの言葉に動かされないことはなく、プロポーズは実質この言葉が決め手となって成功したと言っても過言ではなかった。(ちなみに求婚と同時にスザクはクラブハウスに移り住み、今ではルルーシュとスザクの新居のようになっている)
まぁその時に贈られたというのがシルバーが土台にダイアモンドをあしらった眩いばかりの光沢を見せる婚約指輪(勿論給料3ヵ月分)だったというわけだ。
貰った当初(というか今でも)ルルーシュは、その指輪を天に翳しては蕩けるような笑みを向けていた。勿論みんながいる前でそんな醜態(とルルーシュは思っている)を見せるはずもなく、それはスザクの前でも同じことで、人目があるところでは決してその姿を見せることはなかったがルルーシュがその指輪を殊更喜んでいたのは婚約者であるスザクにはバレバレであって。むしろそんなルルーシュをなんて可愛いのだろうかと盗み見ては悶え苦しんでいた、というのはスザクだけの秘め事だ。(このことを指摘するともう二度とそんな姿を見せてくれないだろうからスザクは絶対に言うまいと心に固く決めている)
つまり、そんなルルーシュだからこそ怒りに我を忘れ、つい勢い余って指輪を机に叩き置いてきてしまったことを既に後悔し始めていたのだ。貰ってから2年。片時も離さず身に付けていたそれは、既に左手の薬指になじみ始めていて無いと喪失感すら覚えるほど。だから自分の指が見える度にいつもは見える銀色ではなく、どこまでも透き通るような真白であることが気にかかって仕方無いのである。



はぁ、ルルーシュは憂鬱気にため息を吐いた。



だが実は憂鬱の原因はそれだけではない。
腹を立てたルルーシュはつい怒りに任せ、学校に着くなりリヴァルを捕まえて誰でもいいから今すぐアレを紹介しろと半ば無理やりのように取り付けてしまったのだ。そう、例のやつ。あれほどスザクに止められていたアレ―――、



貴族相手の賭けチェス。



つまり今向かっているのはその対戦相手の貴族の屋敷というわけであって。ルルーシュはこれからその相手と、いわゆる命のやりとりにも似た賭けを行うのである。
命というと大袈裟に聞こえるかもしれないが実際ルルーシュがやっているのは一般からしてみれば十分に危険過ぎるものだった。何しろ賭けに負けた時の代償というのが相手の望むものを何でも、というものなのだから。つまりここにスザクが必死にルルーシュにそれをやめるように言ってきたわけがある。
しかしそんな危機感を抱くスザクに対して、ある種反則的なまでに優秀な頭脳を誇るルルーシュの方はあまりそのことに対して危機感を持っていなかった。当たり前だ。ルルーシュに掛かれば貴族連中とやるチェスなど赤子相手の遊びも同然で。おそらく盤面を見ずとも勝ててしまうほどには退屈なものであるのだから、負けた時の代償など端から門外なわけだ。



では何故賭けチェスなどをするのかというと・・・。



お小遣い1割、将来への貯蓄2割、八つ当たり7割(ストレス発散)、というなんとも大人気ない癇癪というかただの我儘というか。(いや今回に限っては八つ当たりがほとんど、9割9分9厘を占めているのだが)
つまりはそんな理由で自棄気味に突っ走ってしまった結果がこれなのである。








(こんなに気分が乗らないのは初めてだな・・・)



自分からリヴァルに取り付けておいてそんなことを思うのがルルーシュという人間である。まぁ一部の人間によればそんなところが堪らない魅力を感じさせるらしいのだが、そんな魅力を感じる人には付いていってはいけません!と独占欲凄まじくルルーシュに捲くし立てるスザクと我が学園の誇る元生徒会長兼ルルーシュの現保護者であるミレイによって口うるさく言い聞かせられているので、今のところ2人が心配するような悲劇は起きていない。
ルルーシュは書物を捲りながらもひどく気だるさ気にため息をついて、
それからもうほとんと頭に入ってこなくなったソレをパタンと閉じた。
「どした?ルルーシュ」
「・・・別に」
「ふぅん」
リヴァルはこういう時突っ込んではこない。
それはルルーシュが必要以上に干渉されることを嫌うのを知っているからでもあり、リヴァルが自分の役どころをしっかりと弁えているからでもある。リヴァルの役どころというのは、ルルーシュが最高の状態で舞台を楽しめるようにしてやること。落ち込んでいるのを慰めてやるというのは彼を溺愛する婚約者様のお仕事であると十二分に知っているのである。
まぁルルーシュ自身が望むのであれば、リヴァルはその役にも立とうとはするだろうが、ルルーシュはそんなことはまず望まないのでリヴァルにとってはやはり今の位置が最適の場所なのである。なんとも不可解な友情関係。だがそれも一種のルルーシュの性質のなせる技とでもいうのだろうか、とにかくリヴァルは、この美しく気高い生き物の役に立てればそれでよかった。満足であった。








バイクの速度が落ちる。
気が付けばルルーシュ達はひどく閑静な住宅地(というには家の件数が少ない)の中にいた。目の前には、貴族でもなかなか見ないくらいに立派な多分屋敷が聳え立っている。何故多分なのかと言うと、あまりに門が立派過ぎて近づくと屋敷が見えないのである。
ルルーシュは、内心少し焦った。



(これ程大きな家だとは聞いていなかった・・・いくらなんでももう少し話を聞いておくんだったな・・・)



あまりにも急いで話をつけさせたせいで、ルルーシュは今日の勝負相手のことをあまりよく聞いていなかった。聞いたことといえば名前くらいなもので、その名前が皇族時代であった自分の過去に付き合いがないのを確認した時点で詮索をやめてしまったのである。



(あまり大きな家だと、後々面倒なこともあるし・・・失敗したな)



ルルーシュは本日2度目の舌打ちをする。
「ほんと今日は荒れてんね」
思想に耽っていたルルーシュに、能天気な声が頭上から降り注いだ。
見れば既にバイクを降りたリヴァルが、ルルーシュの乗るサイドカーのドア側にくると執事よろしく扉を開けてみせ、ルルーシュに着いたことを知らせる。ご丁寧に従者のポーズ付きで。
「・・・なんとなく不愉快な気がするのは気のせいか?」
「そお?似合ってると思うけどな」
「・・・さっさと行くぞ」
女扱いされた気がして(今日は神経質になっている)、ルルーシュがさも気分を害したというように屋敷の方に歩き出せば、後ろから笑いをかみ殺したような空気が伝わってくる。それにルルーシュは顔だけをそちらに向けて元凶をひと睨みするが、しかし大して仲の良くないクラスメート辺りならともかく、仮にも学生生活の大半を共にしてきたリヴァル相手にその睨みはほとんど無意味であって(ちなみにこのことがスザクの嫉妬を殊の外煽り偶につけ手酷い仕打ちに遭う)、現にリヴァルは睨まれて反省する振りこそ見せるがあくまで振りであるというのがありありと分かるほどにはケロリとしていた。
ルルーシュはその様子に余計に苛立ちが増したのを感じるが、これ以上腹を立てても仕方無いという結論と更にはここに来てようやくリヴァルに対する八つ当たりが過ぎたかと反省もした。かなり遅いのは仕方がない。リヴァルの役割なんて大概にしてそんなものなのだから。むしろリヴァルからすればそんなルルーシュの態度はようやくいつも通りであると安心するとともに、やっぱりルルーシュはこうでなくちゃ、とわけのわからない満足感をもたらすものであった。



物好きもいるものである。










「リヴァル・カルデモンド様にルルーシュ・ランぺルージ様ですね?お待ちしておりました。こちらへどうぞ」



館の中に入るなり黒の燕尾服を着た男―――おそらく執事だろう男が挨拶をする。
それにルルーシュ達が返すと男は慇懃な態度でもって自らが船頭を務めルルーシュ達を目的の部屋へと案内していく。
それはリヴァルがやったような紛い物ではない、正真正銘の執事様だった。



(今日は唯でさえ気分が乗らないのに・・・)



さっきに続いてこんな使用人にまでこんなことをされると、ルルーシュは過去の思い出したくはない記憶が揺り動かされてしまう。忘れたくとも忘れらない過去。皇族など、と卑下するくせに一番それに拘っている自分。ルルーシュはそれを自覚するたびに自分に対する怒りが沸いてくるのだ。



(くそ・・・間が悪い。普段だったらここまで苛立たないのに。今は何を考えても嫌なことにしか結びつかない。それというのも全部あいつのせいだ、スザクめ・・・そうだ、スザクだ。俺の気も知らないでいつだって軍、軍、軍、軍・・・そんなに軍が好きなのか。何も言わずに出て行きやがって。俺がいつも、どんな気持ちでお前を見送っていると思ってるんだ。俺が、どんな気持ちで、あれを見たと思ってるんだ・・・)





昨日、ロイドに会った。
俺は皇族だということを隠して生活をしているが、俺がそれを隠していられるのはつまり俺の顔を知るやつが少ないということに起因する。というのは、俺が皇子たちの中でも上位の皇位継承権を持っていなかったことと、幼いうちに死んだとされていることによりメディアによる露出がほとんどなかったのが幸いしてるのだ。だがかと言って俺が皇子としてまったく顔を露出していないのかと言えばそうではない。やはり皇子として生まれた以上はそれなりの責務というものが発生し、それなりの付き合いというものが生まれる。それは幼かった当時のルルーシュにとっても言えることで。



つまり、皇子としての俺の顔を知っているやつは少なくはあるが、決してゼロではないということだ。そう、いる。いるのだ。俺の顔を知っているというやつは多くはないけれど必ず。そして残念なことにロイドはその数少ないうちの一人であった。



俺がロイドと知り合ったのは俺が4才の時だ。
シュナイゼルの友人だとかで連れて来られたアリエスの離宮にそいつはいた。シュナイゼルが友人を紹介するなど珍しいこともあるものだと(後から聞いた話ではロイドが勝手についてきただけらしい)当時の俺は思ったのだが。あまり不躾に見るのも行儀が悪いと思ってシュナイゼルに隠れるように相対してしまったのだ。今思うと寒気がするような光景だ。しかしそいつは、何を思ったのか俺が隠れているというのにわざわざ俺の後ろに回り込んで、突然自己紹介を始めたのだ。言いたいことを散々喚き散らした男は挙句、最後の挨拶に俺の手を取ってキスまでしてきた。勿論、皇族であっても男である自分が(というか年齢的にも)手にキスなどされたことがなかったので俺は驚きのあまり咄嗟に男を突き倒していた。だが当時4才であった自分と、当時17才であったロイド。その俺が目いっぱい力を込めて突き放したところであいつに勝てるはずもなく。無様にも。倒れたのは男ではなく自分の方であった。



(今思えば、あれが人生で初めての屈辱だったな・・・)



ルルーシュは窓から見える景色を眺めながら遠い目で思う。
しかも何の因果か、その日からロイドは暇を見つけてはルルーシュの元に通うようになってしまったのだ。本当にいい迷惑である。一体何が楽しかったのかロイドはルルーシュをいたく気に入りいつもどこからかルルーシュに構いに来てはこれまたどこからかロイドが来たことを聞きつけたシュナイゼルと喧嘩になっていた。(2人とも物凄い笑顔だったがあれは間違いなく喧嘩であった)そんなわけでルルーシュとロイドは顔見知りどころか、むしろ仲の良い・・・いや、良くはないが、とにかく、都会でばったり再会してそっくりさんで誤魔化せるような仲ではなかったのだ。だから、顔を見られてしまえば俺にはどうすることも出来なかった。



(ナナリーへのおやつとして、うっかり今話題のプリン・ア・ラ・モードを買いに出掛けてしまったのが運の尽きだったな。やはり我慢すれば良かったのだろうか。いや、訊けば奴は今アッシュフォード学園の向かいにある大学に間借りして研究をしているらしいから、遅かれ早かれこうなることは決まっていたのかもしれない。そもそもスザクの上司だしな。よりによって、とは思うが。だがロイドが何も言わないでいてくれるというのは正直助かった)



そう。そんな馬鹿なで再開を果たしてしまった2人ではあったが、彼はなんとルルーシュの生存を知っても上には何も言わないでいてくれるという約束をしてくれたのだ。正直それがどれほど信用の置けるものなのかは怪しいが、少なくとも余程のことがない限りはわざわざ自分から言うことはしないだろうとルルーシュはそう判断した。それにロイドは昔から、何故かルルーシュにだけは嘘は付かなかったのだ。シュナイゼルへのタヌキぶりからするとそれこそ嘘のように。それがルルーシュにとって良いことであろうが悪いことであるかは別として、とにかく包み隠さず教えてくれた。時には子どもにとって残酷なこともあったが、俺にとっては上っ面ばかり良い大人よりはよっぽど信頼のできるやつではあったのだ。



(まぁいたいけであった4才の時はそんな余裕は無くて奴から逃げ回ってばかりいたけどな。いや、考えてみれば5才の誕生日を迎える前には、少し。本当に少しだけ、・・・やつに懐いていた気がする・・・あまり認めたくはないが。しかし、久し振りに会ったがあいつ昔とほんとに変わっていなかったな・・・相変わらず変人だし、プリン好きだし、ロボット好きだし。変わったことと言えばメガネくらいか。昔はしてなかった・・・包み隠さず言うところも・・・変わってなかった。スザクと違って・・・)



そう、スザクとの喧嘩の原因はそれだった。
ロイドが教えてくれたこと。それはスザクの戦闘記録。つまりはスザクが戦闘に参加しているという事実であった。
スザクは再会する前から軍の仕事に就いていた。それはテロにルルーシュが巻き込まれた時に助けてくれたスザクが軍服を着ていたことでも明らかだったし、それについてはショックではあったが仕方がないとも思っていた。何故ならスザクは言ったのだ。自分は確かに軍人だけど今は技術部に所属しているから大丈夫だと。ルルーシュはそれを聞いてスザクが軍にいることは気に入らないけれど、危険がないのならいいか、というくらいには安心していたのだ。なのに・・・、



(どこが危険はないだ、あの馬鹿・・・テストパイロットだなんて、危険も危険、最前線もいいとこじゃないか・・・)



枢木スザクが少し前からランスロットという最新兵器のテストパイロットをしているという事実は殊の外ルルーシュを打ちのめした。それこそ夜も眠れないほどにだ。まぁ昨日はしっかり眠ってしまったが・・・。でも夢心地は決していいものではなかった。(スザクを部屋から追い出したせいでいつもは隣りにあるはずの温もりがなかったせいなどとは決して認めない)だがそんなルルーシュだからこそスザクはルルーシュにその事実を打ち明けなかったのだろう。正直確かにスザクがテストパイロットをしていると知ってしまった今、そしてこれからも今まで通りにスザクを送り出すことが出来るかどうかは怪しい。それはルルーシュに耐えがたい苦痛を与える。けれど・・・
それでもルルーシュは知らない方が良かったとは思わないのだ。
確かにスザクが戦場にいるという事実はルルーシュの精神を蝕むものではあったのだが、無知というのは時に、とても恐ろしい罪になる。取り返しのつかないことになることもある。ルルーシュはそのことを身をもって知っているのだ。だからこそ、このことを知ることが出来て良かったと思う。それを考えればロイドとの再会は悪いことばかりでもないのだろう。あいつは例えそれがルルーシュを鋭利な刃で傷つけると分かっていても決して隠したりはしないのだから。



(だからこそスザクとは違った意味で信頼できる、か?)



本当にある意味でスザクの対極にいるような存在だな、とルルーシュは思う。









「しっかし・・・入ってみてもほんとにでかいよなぁ・・・」
思考に入っていたルルーシュにリヴァルが耳打ち木霊した。
すっかり忘れていたが今はリヴァルと一緒だったのだ。
「貴族・・・確か伯爵の家だったか?」
「そう、伯爵さま。政界での権力は大したことないらしいんだけど、財力の方が半端じゃないらしくて。それでよくオークションなんかで競り落とした毛色の変わった物を集めてはそれらを見せびらかすパーティーを開いているって噂」
「・・・良い趣味だな。危険はないのか?」
「それは大丈夫!金持ちの道楽なのかねぇ?日々の退屈を嫌うあまりコレに傾倒しててさ。無類の賭け好きらしい。財産を湯水のようにつぎ込んでるらしいけど。それでも余りある財産を使いきれないってんだから大層な話。でもこの手の貴族には珍しくてさ、賭けの代償云々はともかくとして、賭け自体はあくまでフェアな勝負を好むらしい」
「目的が金銭じゃないからだろう。賭けに勝って賞金を、というよりスリル自体を楽しむタイプだな。まぁ退屈が嫌いなら、ズルして勝ちを得たところで意味がないんだろう」
「なんか・・・無性に腹立つんだけど」
「そんなもんだろ、貴族なんて」
「そんなもんかねぇ貴族なんて・・・お、あそこか?」



長い通路の終着点。
赤い装飾を施された観音開きの扉。
執事が足を止めてこちらを振り返る。



「こちらでございます」



ほんとに慇懃だこと、リヴァルが表情で示すがルルーシュはそんなことはお構いなしに執事が開ける扉だけを見つめていた。昔見た大広間への扉。気分なのだろうか?どうしても今は何もかもをそれに結び付いてしまう。



(しかし、あれほど自分にとって忌まわしい扉はないだろうな、)



ルルーシュは自嘲気味に笑う。
そうして徐々に開かれていく扉をじっと見つめていたルルーシュは、その、今まさに開けられようとしている扉こそが、



自らを窮地に陥らせるまさしく大広間への扉だなんてことは思いもしないのだった。









+++

12歳から従軍できるってことで・・・

>>back