授業が終われば大半の生徒は下校する。
通常に比べて本日の下校者が少ないのは来週がテスト週間であるためだ。恒例の午前授業週間だということで学校中のそこかしこに勉学に勤しむ生徒達の姿が見受けられる。そんな教師達の気遣いには痛み入るばかりだが、生憎僕にはその気遣いが仇となるんだな。スザクは何の自慢にもならないことを歴史の教科書の1ページ目を開いたところでぼうっと思った。
早い話がろくすっぽ授業に出ていないこの身では自分で勉強しなさいとほっぽり出されたところで正直何をすればいいのか見当もつかないのだ。ただでさえこの学校のレベルは高いというのに通常の基本教育すら受けて来なかったスザクに出来るのはせいぜいが名誉ブリタニア人試験時に培った帝国史の勉強くらいで。ただ暗記するだけじゃないかと言うことなかれ。たとえ同じ内容であったとしても母国語と外国語で書かれたものではその暗記力には相応の差が出るというもの。その暗記力にしたって極めて標準的なレベルであるスザクにしてみればこの学校のそれには歯が立たないわけで。
詰まるところスザクの惨敗だったという話。
そんなスザクの様子を見かねたのか気が付くとこちらは非常に優秀な幼馴染がスザクの机までやってきていた。(その顔が少し気の毒そうな風だったのは見なかったことする)
学校でスザクとルルーシュが会えるというのはここ最近では珍しいことだ。それはスザクが休み過ぎというのもあるがそれ以上にルルーシュの欠席だってかなり多い。おまけに理由を聞いても一向に教えてくれる気配はないというのだから。
(一体何をやってるんだか・・・)
そう思ってしまうのも致し方のないことというもの。
いつか絶対突き止めてやると密やかに決意してるのは彼には内緒で。というのもバレて警戒されたら自動的にスザクの負けであるからだ。この幼馴染相手に頭脳戦で勝てるはずがない。ともなれば後は不意打ちしかないではないか。スザクがそう思ってしまうのもやはり致し方のないことであった。うん、それにしても今日も相変わらず美人ださすが僕のルルーシュ。この幼馴染の100分の1でも賢さがあったならなんて情けないことを思うスザクのこれは現実逃避と本音がなせる紛れもない本心だ(実際に彼のモノでないのがスザクの痛ましさを殊更演出している)
「帝国史よりも数学やれよ。見てやるから・・・」
ルルーシュはスザクの机に軽く腰を掛けるようにして上から教科書を覗き込んでくる。そうして落ちてきた髪の毛を軽く掻きあげて。さらに下を向いているために伏せがちになる睫が頬に影を落とす。
「本当に?ありがとう」
その何とも色っぽい仕草に内心ドキっとしつつもそれを押し隠してふわりと微笑めば、幼馴染はすこし頬を赤くした。ルルーシュはスザクのこの顔に弱い。と言うよりも多分、自分で言うのもなんだけどふわっとした感じの笑顔に弱いんだと思う。ナナリーもふわふわしてるし。だからこそスザクも出し惜しみせずにこの笑顔を武器に使うのだが。そんなことを思いもしないルルーシュは何度この顔を見ても一向に慣れる兆しを見せない。喜ばしい限りだ。
「あ〜、スザク・・・お前、明日暇か?」
赤くなった頬を誤魔化すかのようにルルーシュが話しだす。
その様を可愛いなあと思いながらスザクはルルーシュににこりとやはり笑顔を向ける。
「うん。軍もないし、生徒会さえなければ暇だよ」
「明日は生徒会はないぞ。テスト前の休日だし、そもそも会長がいないな」
「会長さん?なにかあるの?」
「家の事情」
「そっか・・・」
またお見合い関係かな?リヴァルが聞いたら泣きそうだ、と大して興味もなく思うスザクは友情関係には割と淡白である。友情と恋愛なら間違いなく後者を取るのがスザクという人間であった。
「明日暇なら、ちょっと付き合えよ」
「いいけど、何するの?」
「買い物。お前よく街の方を散歩してるし、色々詳しいんじゃないかと思って」
「・・・詳しくないと困るような買い物なの?」
「別にそういうわけじゃないけどな」
内心で買い物って何だろう?と思いつつも願ってもないルルーシュからの誘いに頭で考えるよりも心が騒いだ。
一も二もなく頷きたいのを我慢して少し悩む素振りを見せたのは男としてのポーズであるのと同時に返事を待つルルーシュの顔が見たいがための演技だ。ちょっとだけ申し訳ないとは思うけどここは本当に特等席だから。下からルルーシュを見放題だなんておいしい状況、存分に活用させてもらいたいというのはルルーシュを前にしたら大半の人間が思うことだと思う。いや、自己の正当化じゃなくてね?
「・・・ん、役に立てるかどうかは分からないけど、いいよ。ルルーシュと買い物なんて滅多にないし」
「決まりだな」
悶々と何かを考えながらもルルーシュの表情をたっぷりと堪能したスザクは誘いに勿論肯と返し、その返事によって柔らかに弛んだルルーシュの表情を見てほう、と感嘆の溜息を吐いた。美しいっていい・・・。
スザクにそんなことを思われているだなんて知る由もないルルーシュはといえば早くも明日の予定を組み立てているようだった。
「じゃあ、このまま泊まりに来て朝一緒に出ないか?今日はもう軍はないんだろう?」
「うん!でも、・・・いいの?」
急な泊まりに少し気後れしてしまう。
(嬉しいけど・・・)
そんなスザクの遠慮がわかったのかルルーシュは、
「何遠慮してるんだか。ついでに勉強も見てやるよ。俺が誘ったせいでテストに響いて留年しましたなんて言われても困るからな」
軽口で返してくる。
「ひどいなぁ」
そんなことを言ってみても突然の誘いが嬉しくて、それ以上に些細な気遣いが嬉しくてつい顔が弛んでしまう。喜んでるのが丸わかりだ。ちらっとルルーシュの方を窺うとルルーシュも笑ってるからまた嬉しくなって顔が弛む。
(きっと今、すごく締まりない顔してるんだろうなぁ・・・)
ついでに少し顔も熱い。
僕は多分赤くなっているであろう顔を誤魔化すため窓に顔を向けた。
「明日、雨降らなきゃいいね」
「・・・そうだな」
外では雨が音もなく降っていた。音の無い雨はあんまり好きじゃない。なんだか感傷的になってしまうから。でもルルーシュと一緒だとこんな雨の日でも幸せを感じられるから不思議だ。なら、明日はどんな天気でも平気だろう。きっとルルーシュと一緒なら雨の中の買い物だって楽しいに違いない。そう思うとなんだか明日がとても楽しみになってきた。一応デート、って言えるのかな?うん、そういうことにしとこう。勝手に買い物を格上げしてみた。
「それにしても。会長とルルーシュって仲良いよね」
「ん?あぁ。そりゃアッシュフォード家とは仲がいいさ。母さんの後援だった家だからな。・・・ここ間違えてるぞ」
ルルーシュは学校では際どい話を平然と口にする。
「え、どこ?っていうかいいの?学校で後援の話とか・・・」
心配になって問うてしまった後で失敗だったと気付く。これじゃ自分が話を長引かせているようなものだ。慌てて周囲に気を配る。軍人である以前に元々人の気配に敏いスザクは気配を読み違えたことがない。辺りに生徒一人いない様子にスザクは安堵した。
「別にいいさ、どうせこの学校にはそんな話がごろごろ転がってる。今更そんな話の一つや二つ気にも留めないだろ」
"ここ"と、間違いを指で指摘しながら何でもないかのように答える。
「でも、君は割りと詰めが甘いから、」
えと、sinAが24/49で、こうなるからSは・・・48/7??問題を解きながら友人のどこか抜けた所を思い浮かべれば導き出されたのは半端な数で。勘がこれは間違ってると告げてくるが何が間違っているのかさっぱりわからない。仕方なしに目の前の友人に助けを求めればルルーシュはすぐに二乗を忘れてるとの指摘をくれた。・・・あ、ほんとだ。ってことはこっちがこうなって・・・2√6/7?・・・なんだ、どっち道中途半端なんじゃないか。なんて一人ごちてしまうのは自分で解けなかった僻みというよりもタイミングの悪さで。
「・・・お前のが甘くないか?」
案の定そう言っては上からなのにどこか上目使いのようにこちらを映し込んでいる紫玉は悪戯気なけれど危うい色を含んでいて。
「・・・そのことについてはまた今度議論しよう」
「バーカ」
「うぅ・・・」
僕はどうやら勉強以上にこの幼馴染の存在に惨敗していることを悟ったのだった。
でも、意地悪なルルもそれはそれで、まぁ、うん・・・ね。
とりあえず今は君がいる放課後と君がいるだろう明日の幸せを噛み締めておこうか。
いつの間にか晴れていた空になんか目もくれずにそんなことを思った。
+++
実はここまで思わせぶりに書いておいて買い物のことなんか何も考えていません。
なので思いついたら後編を書くということで。
続きものばかりで一向に完結しなくてごめんなさい。
一応後編へつづくー・・・
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