第8話でスザクのぐだぐだとロイドさんの潔さ。
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「だって仕方無いでしょ。あのまま君にルルーシュを渡すわけにはいかないじゃない。ルルーシュをあれだけ傷つけておいてロクに反省もせずにはいおめでとー!君は今日からパパだよーだなんて。だからちょっとしたお仕置き。罰。クライムにはパニッシュメントってね」
どこまでも軽い調子で紡がれるその言葉。
先ほどまで辺りを満たしていた緊張は嘘のように解けて、スザク自身はというと安心なのか驚愕なのかでどうしようもない脱力感に襲われた。
いや、唖然としたのかもしれない。このロイドという男の変わりように。
ちなみに安心というのはロイドが言った言葉に対してである。
つまり、確かにスザクが悪いのだし弁解の余地もないのだけれど、ということ。
「だからって・・・本当にびっくりしたんですけど」
つまりつまり、もう少しで本当にスザクは何も知らずに引き下がる所だった、と言いたいわけである。
それは自分の気持ちの強さ弱さに起因するものというよりはルルーシュを思ってのことで。
試すにしたってせめて情報を全て開示してからにしてほしい、とはスザクが言えた立場ではないのだが、それでも少しばかり恨みがましげな声になってしまうのは受けた衝撃と、まさにあれが絶望なのだという貴重な体験をさせられてしまった一身上仕方がない・・・と弁解出来る様な出来ないような。
いや、やっぱりその資格はないな。
自分が仕出かしたことと比べたらこれだって些細な仕返しだった気がしてくるのだから我ながらどうしようもないというものである。
ちなみに先からやたらと言動が回りくどいのは罪による良心の呵責である。
そのくせ責められたら責められたで反抗したくなるのだが甘くされると甘くされたで罪の意識に苛まれる、というのは理不尽であるとスザクはひっそりと思うわけだ。
勿論それは唯の甘えである。(人間簡単には改心しないものだ)
「そりゃそうだよ。完全に嘘ってわけじゃあなかったし。もしあのまま君が帰るようであれば本当に僕が父親になるつもりだった。勿論ルルーシュと結婚してね」
「ロイドさん・・・」
「だから、今度またルルーシュを泣かせるようなことがあったら、その時こそ僕は容赦しないよ。何がなんでもルルーシュを君の手の届かないところに連れていく」
「・・・・・・」
「腕っ節じゃあ敵わないだろうとかそういうこと考えないようにしなよ。僕これでもお金持ってるんだ。それこそ君の家が100あったって手も足も出せないような、だよ。それだけのお金があればね、君みたいな青年の一人や二人、どうにでもなるんだ」
そのことようく肝に銘じておいで。
ロイドは今までのどれよりも真剣な表情をしてスザクに言った。
スザクはその表情にロイドのルルーシュへの想いの深さを垣間見て、感じとって。
「この先俺がルルーシュを泣かせることはありません」
だからこそその言葉を深く深く反芻し、そして心からの誠意を持って是と答えた。
その必要はないのだと、スザクはまっすぐにロイドを見据えて自らの想いの深さでもってそう口にする。
「・・・なんかいきなり生意気な気もするけど。・・・ま、頑張ってちょうだい。僕はとりあえず一旦帰るよ。考えてみたら店の方そのままにしてきちゃったし。君はその他諸々のことをやったら・・・ルルーシュの傍にいてあげなさい」
素気ない口調とは逆にロイドはスザクの返事を聞くと少しだけ安心したような顔をして、そしてくるりとこちらに背を向けるとエレベーターのボタンを押した。
「あ、それとね」
どうしてもルルーシュの病室が気になってそちらへと体を向けていたスザクはまだ何かあるのかと思って振り向いた途端、
「・・・っ!」
衝撃。
・・・油断してた。
「ほら、さっきはタイミング逃しちゃったからさー。一応これでひとまずのところは、許しておいてあげるよ」
「あー、はい・・・アリガトウゴザイマス」
至極楽しそうに言うロイドに多少、いやちょっとだけ?恨みがましい気持ちを抱き掛けるが。
いやいやいやこれも修正だ修正、俺は父にも叩かれたことのないような軟弱者とは違うぞ、と無理やり自分を納得させつつ片言の礼を言う。
片言なのはアレだ、アレ。持って生まれた気性だけは中々ね、うん・・・
あぁでもやっぱり破格の待遇?なのかもしれない。
「うーんやっぱりあんま効いてないねー、空手部だっけ?合気道部?剣道部なんてのも聞いたけど?」
「全部掛け持ちです・・・」
「うわぁ、これだから体力馬鹿は嫌だねぇ」
嫌みなのか素なのか、とにかく緩急の激しいロイドの態度に。
ようやくこの男というものがわかってきたような、とスザクは半ば悟ったような気持ちなった。
それにしてもこんな男がルルーシュの配偶者となった暁には一体どんな生活が待っていたのか・・・
いや、先までのような表情もできる辺りルルーシュの前では問題ないのかも。
やっぱり嘘とはわかっていても、今ではルルーシュに対する思いをしっかりと自覚したスザクにとってそんな無二の恋人(もうすぐ妻?)に対して結婚宣言をしたロイドは、ルルーシュを支え続けてくれた感謝すべき保護者であると同時に複雑な気持ちを齎す存在でもあって。
邪推の上にどちらに対しても失礼とわかっていながらも悶々としてしまうのである。
いや、純粋に嫉妬しているのかもしれない・・・
先のロイドの話を聞く限り、自分の前では決して弱みを見せなかったルルーシュがロイドに対してはかなり信頼しているらしいし・・・
それこそ日頃の行いというものであるのだが、でも考えてみれば先にロイドは半分嘘と言ったのだ。
つまりそれは半分は本当だったってことで・・・、あれ?ってことはもしかするともしかして・・・?
いやいやいや、それこそ邪推だろう、うんうん。
邪推なんて行儀がよくないぞスザク。
2人は何にもないない、健全な信頼関係だよ、うんうん。
あぁでも・・・、
「なんか色々と考え込んでるみたいだけど君のその性格は早めに直しておいた方が身のためルルーシュのためだと思うよ・・・って聞こえてないね」
「あれ?今なんか言いました?」
「・・・まぁいいけどね別に。君が鳥だってことは十分にわかってるしね。まだ大分不満はあるけど僕からはこの程度にしておいてあげるから精々この後もその調子で頑張りなよ」
ロイドはどことなく呆れたように言うといつの間にかきていたエレベーターに乗り込む。
どうやらやっぱりこの程度で済むのは破格の待遇だったらしいロイドの言動にとりあえずスザクはお礼を口にして頭を下げるのだが、
「・・・"僕からは"?」
この後・・・?
言葉に引っかかって下げた頭をそのまま横に傾げた。
そんなスザクにロイドは心底楽しそうな笑顔でもって答える。
「最終的に決めるのはルルーシュだしね。そこは君が今まで仕出かしてきた分頑張ってもらうことにしてさ。さっき僕ん家お金持ちとか言ったでしょ?実はルルーシュって僕ん家とは比較になんないようなお金持ちなんだよねー。本人に戻る気はないみたいだけど。実家のほうにね、たくさんのお兄さんお姉さんがいてね、その中でも特に彼女を溺愛するお兄さんお姉さんが3人ほどいるんだよねー。まだ何も知らせてないけど」
いやーきっと君のこと知ったら面白がると思うよー楽しみだねーあははははは・・・
エレベーターが閉じても反響しているその笑い声に、
そのロイドのどこまでも楽しそうな声色にスザクはどこまでも嫌な含みを感じて、
ただただ顔を青ざめさせるしか出来なかった。
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「・・・ふぅ」
スザクと別れて、エレベーターの階層表示を眺めながらロイドは懐からそれを取り出し次いで紫煙を燻らせた。
どうかな?ルルーシュ・・・。僕は君のためになれたかな?
特別なことがあった時にだけ吹かすそれは、今は精神の安定を図るためにロイドの中指にある。
こんな所で吸うものじゃないとわかってるのだけどほんの数回だけだから、と大目に見てもらうことにする。あ、よかった。火災探知機鳴らない。
「本当はもっと色々言ってやりたいこともあったんだけどな・・・」
元々吸う方じゃないので依存も驚くほどない。時たま凄く吸いたくなるだけで・・・
主にその理由はルルーシュ関連なのだけど。
最近のルルーシュの焦燥ぶりと言ったらなかったものだから、既にルルーシュのために生きていると言っても過言ではないロイドにとってそのルルーシュの状態は死ぬほど堪えた。
比例して吸う回数も増え、最近では常に懐に入れている始末である。
ルルーシュの前では吸わないけど・・・胎教云々以前の問題だ。
「でも余りいじめても君が悲しむからね。ほどほどにしておいたよルルーシュ・・・」
瞼の向こうに花咲くように笑ったルルーシュの顔が見えた。
もうしばらく目にしていないソレ・・・
前に見たのは何年前だったか・・・
「・・・悲しいのかな僕は。・・・どうだろ。よくわからないな・・・・」
君の幸せを祈っていたのは確かだ。
君が幸せになるのなら君の相手が僕じゃなくても構わなかったし、正直君に対するこの感情が恋愛に基づくものなのかもわからない。
もしかしたらただひたすらに君の幸せだけを願えるこの感情は恋愛ではないのかもしれない。
恋とは、・・・愛とはもっと汚いものだろう?
でも・・・
「ただ君の子供の父親に、・・・君の夫にはなってみたかったかもしれない」
本当の父親が一番だとは思うしそれは分かってるつもりだ。
ロイドはほっとしているのか残念だったのか、入り混じったような理解し難いその感情にゆっくりゆっくりと整理をつけていく。
「枢木スザク、か・・・」
話には随分聞いていたし、その都度何度殴り込みに行こうかと思ったことか・・・
でも端々から伺える彼の行動にはルルーシュに対する並々ならぬ執着が窺えたし。
何よりも今日初めて会って彼がルルーシュを愛してることは十分に伝わってきた。
あれは鈍いだけだろうと、そう片づけてしまうとルルーシュの5年間は何だったんだと苦く笑うことしか出来ないけど。
「ううん、わからないなぁ・・・悲しい、嬉しい、切ない・・・淋しい・・・あ、」
・・・そうだ、淋しいのだ。
小さい頃、よく自分の後をぴょこぴょこと付いてきては僕のお嫁さんになるのだと。
そう言ってくれた君がもうどこにもいないのだなと思うと、なにやら感慨深いものが押し寄せてきて。
「あー・・・駄目だ・・・」
結婚式で泣かない自信がない、なんてこれじゃ夫っていうより父親じゃないか。
ロイドはそう一人ごちると吸われずに燻り続けていたそれを手持ちの灰皿に入れた。
おそらく今日からしばらくはこれを燻らせることもないだろう。
願わくばもう一生自分がこれに手を出す日が来なければいい。
ロイドは次に会うときは彼女の飛びっきりの笑顔に会えることを予感して、
意気揚々と晴天続く青空の下に繰り出したのだった。
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病室を覗くと真白に整えられている寝台の上に少しの膨らみが見えた。
スザクはそれに向かって真っすぐに歩みを進める。
窓が開いているのか心地よい風が流れ込んできて、白いレースのカーテンをふわりふわりと揺らしていた。
ロイドが言っていた通りお嬢様なのだろう、部屋は個室。それも上等な部類。
他の騒がしさとは隔離された静けさが辺りを包んでいた。
そうしてようやくその膨らみ―――ルルーシュの元にたどり着いて、スザクは息を飲む。
窓と部屋とを遮るカーテンによって、程よい陽の明かりが差し込んでいる中。
布団とは言えないブランケットのようなもの(ロイドが用意したのだろう(正確にはロイドに言われたユーフェミアだったがスザクにそこら辺の記憶はない))に包まれているルルーシュは上半身だけを見せていて。
そうして陽の下で初めて見るルルーシュの素顔は、
泣きたくなるほど美しかった。
5年間・・・
5年間も付き合ってきて。
自分は本当にルルーシュのことを何も知らなかったのだということが今更になってスザクに圧し掛かる。
「ルルーシュ・・・」
久しぶりに見るルルーシュは少しやつれていた。
前ならわからない振りをしていたそれは、今は疑いようもなく自分のせいであると雄弁に告げていて。
「・・・ごめん、ルルーシュごめんっ、」
スザクはどうしようもない気持ちになる。
自分の愚かしさのせいでこんなにもルルーシュを傷つけた。
ルルーシュはいつも平然とスザクを受け止めているように見えて、
実際にはこれほどまでに傷ついていたのに。
表面に出されるルルーシュしか見ようとしなくて、いや表面すらも見ようとしなかったスザクは、ルルーシュが普通の女の子だということすら失念していたのだ。
だから普通なら憂慮する色々な事象を、ルルーシュだからというその甘えだけでこの上もなく残酷なことをルルーシュに強いてきた。
5年間も・・・
「でももう、そんな思いをさせないから・・・」
二度とルルーシュを悲しませるようなことはしないから・・・
今度こそ自分の隣りで笑わせてみせる、幸せにしてみせる。
陰で泣くことのないように、自分の腕の中で散々に甘やかして守って。
そしてルルーシュが飽くほどに愛してみせるから。
だからもう一度、自分を隣りに並ばせてほしい。
そんな願いと決意と。
スザクの中で明確になった今、スザクの中に愛しさが溢れ出す。
その切ないけれど幸福に満ちた想いはすべてルルーシュが教えてくれたものだ。
それを想うとスザクは今すぐにでもルルーシュに言葉で、温もりで、愛を思うままに伝えて。
ルルーシュの声を、熱を、ルルーシュの存在を確かめてしまいたい欲に駆られるが、
けれど先にスザクにはやることがあった。
情動をなんとか押し留めるとスザクは少しの間だけなのだからと名残惜しげに寝台を離れ、
「・・・また後でね」
何故2ヵ月も離れていられたのだろう、そう疑問に思ってしまうほどに焦がれた声で一時の別れを告げた。
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