第4話で修羅場。





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ユーフェミアと暮らし始めてから2ヵ月。


スザクはユーフェミアと共に街を散策していた。
とは言っても華やかな中心街ではなく閑静な住宅地をである。
少しの電車を乗り継いで辿り付くそこは小さな喫茶店であった。
目立たずにひっそりとあるそれはスザクの大学からもそう遠くはなく、友人がお勧めと言って教えてくれた場所でもある。
おそらく最近何かと元気のないスザクを気遣ってくれたのだろう。
入ると静かなクラシックの音楽が揺蕩うように聴こえてきて、内装は外から見た通りに木を基調とした造りになっていた。
客席がひとつひとつのブースのようになっているそれは座ってしまえば他の客とは隔離され、恋人同士なんかに好まれそうな造りである。
奥に行くほど静けさが伝わってくるその雰囲気に、確かに友人が言うだけのことはあるとスザクを納得させた。



入っても店員が出て来ないところを見ると勝手に座っていいということなのだろうか。
とりあえず突っ立ってても仕方ないので奥の方にある席に着く。
席には手書きのようなメニューがついていて。古く随分と汚い字だったが紅茶の枠だけはやたらと字が綺麗で、違う人物が書いたであろうことは誰の目にも明らかであった。
品は、ダージリン、アールグレイ、アッサム、カモミール、ローズから始まるハーブティーと下っていて、紅茶だけを見ても随分な品揃えである。
これで味が良ければ完璧だなとぼんやりと思いながらも紅茶と聞いて真っ先にルルーシュを思い浮かべていた。ルルーシュは紅茶を淹れるのが上手であったから。
意外にも紅茶派であるスザクが夕食後に頼むといつも最高の品質でもって紅茶が差し出された。
それはわざわざ確認などしなくてもルルーシュが紅茶を好んでいるとわかるほどのもので。
そしてルルーシュの嗜好に関してスザクが知っているのはこれが唯一だった。
その事実にどうしてどうしようもなく切なくなるのかスザクはもう知っていたが、必死でわからないわからないと駄々を捏ねるように見ぬ振りをし、代わりに目の前に座るユーフェミアに何を頼むか尋ねることで何かを誤魔化した。
ユーフェミアの応えが珈琲であることに失望を感じながら。





ベル(本当にベルだ)を鳴らしてしばらくすると店員がやってくる。
黒髪に白い肌。すらりと伸びた長身に纏っているのは可愛らしいチェックのワンピースで。
それを覆うのはこれまた可愛らしい花柄のエプロンである。
ちらりと顔を覗き見てみれば―――、


あ、美人・・・


全体的に小造りの顔はしかしそこらでは見られないほど、というよりもスザクが今まで見てきた中で一番であると断言できるほどに整っていた。
チェリーピンクの唇に、肌理細やかな雪肌。鼻筋がすぅっと整っていて、極めつけは印象的なアメジストの切れ長の瞳。
どこまでも澄んでいるそれはユーフェミアと同じ紫だがユーフェミアのそれより数段艶やかで。それを長く繊細な睫が縁取る様は本当に美しかった。
けれどそれだけではない何かも感じて思わず顔を凝視してしまう。
店員がこちらを向いて視線が合うとスザクはまるで初心な少年のように鼓動を跳ねさせてしまって。
少し気恥ずかしくなって意味もなく顔を赤くしてしまったが、肝心の店員はスザク以上に動揺を露わでその美しい瞳を限界まで見開いていた。
スザクは店員が何故そんな表情をするのかがわからず首を傾げる。
けれどその助けは思わぬところからやってきた。


「ルルーシュ、さん?」


ユーフェミアが驚き交じりの声で店員に尋ねた。
呼ばれた店員はその声に更に驚いて持っていたお盆から手を放す。
カランカラン、乗っていたグラスが中に入っていた水とともに砕け散るように広がって、その音を聞きつけた他の店員が荒々しい音を立ててこちらに走ってくる。
やってきた男性店員はその店員に怪我はなかったか?どこか悪いところは?などと矢継ぎ早に質問を繰り返していたけれど、
スザクにはそんな一切が遮断されて。
ただただユーフェミアの放った一言だけが頭の中で何度も繰り返されていた。



ユーフェミアはいったい今なんといった?






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スザクは混乱を来たした頭で必死に考えた。

そうして散々に悩んで悩んで、
ようやく辿りついた結論は、

目の前の少女が紛れもなくルルーシュであるということだった。


すらりと伸びた長身。
飽きるほどに見慣れた黒髪はスザクと別れてから少しではあるが伸びたようで。
スザクといるときはいつも後ろで無造作に結ばれていたそれらは今は綺麗に揃えられて下されていた。
真っすぐでありながら柔らかそうなそれは実際この上もなく滑らかで指に心地よいことを知っている。
いつも掛けていた眼鏡は今はどこにも見当たらず(コンタクトでもしているのだろうか?)
長かった前髪も薄く梳かれはっきりと顔が見えるようになった今、


ルルーシュはどこから見ても非の打ちどころのない美人であった。


スザクは目の前に存在する光景が未だ信じられず、思わず少女の顔を凝視してしまう。
けれど視線に気付いたルルーシュは途端に頭を下げる。
スザクはルルーシュが何故頭を下げるのかが分からずにたじろぐが、ルルーシュはそんなこととはお構いなしにただ、


申し訳ございません只今替えのお冷をお持ちしますので少々お待ち下さいとだけ、


ひどく事務的な口調で告げた。
スザクは鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。


ずっと音信不通だったルルーシュ。
それが突然見つかって。
とても、とても綺麗になっていて。
自分たちを見て驚いていて。



そして、他人行儀になっていた。



他人行儀?

あぁ考えてみればルルーシュと自分は確かに他人で、身体の関係こそあったものの恋愛のそれではなかった自分たちはまともな恋人同士とすら言えなくって、そしてそんなルルーシュと別れた今スザクとルルーシュはもはや何の関係も無くて、だから今現在店員であるルルーシュの客であるスザクに対する態度は確かに正しくて、だからルルーシュが自分に敬語を使うのは当然のことで、だからルルーシュは今自分に敬語を使っていて、だから、ルルーシュにとってスザクはもう他人で、だからだからだから、


だから?




・・・俺とルルーシュはもう他人?






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「・・・るな、・・・っふざけるな!」



許容できない現実に、ダン、と視線もやらずにとにかくどこかを強く打ちつければ手加減などまったくされなかったそれは激痛を伴なって。

きっと手のどこかが切れているだろうことは少しでも冷静さがあれば認識できるものであったはずなのにほんの少しの余裕も持たないスザクの頭ではそれは感覚すら伴わずに。

ただ目の前にルルーシュに対して憤って、そしてその憤りをぶつけるかのようにルルーシュを睨みつけていた。

ユーフェミアは突然のスザクの激昂に驚き、ルルーシュもまた怯えの入り混じった驚きで、どうすればいいかわからないというように先ほどやってきた男の背に手を触れさせる。


その、まるで縋るかのように伸ばされた指先に、

視界に入ってくる不愉快なソレに、



スザクは更に強く下に向かって拳を打ちつけた。










ぴちゃん、





血が滴って。

ルルーシュはそれを見て顔を青白く変え、何かを言いかけたけれどそのまま何も口に出すことなく、



ゆっくりとその場に崩れ落ちた。





“ルルーシュっ!!”





伸ばされた指先は、
自分のと男のとで、どちらが早かったのか、
完全に理性を失っていたスザクには判別のつかないことだった。





ただ、

この手に温かさのないことだけが、





どうしようもなく悲しかった。







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