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どうして?というようにルルーシュは大きく目を瞠ったが、目を閉じているスザクには見えなどしない。それどころか、あまりに強く抱きしめた僕の腕を必死に離そうと体を捩るルルーシュの顎を、その腰を深く抱きよせ、さらに深く、深く、


・・・口づけた。


「す、すざ、ちょ・・・ふぁ、」
逃げる腰、逃げる貌、逃げる舌。抵抗のためなのか僕の肩に載せられた手はしかし、なんの効力も持たなかった。むしろ小刻みに揺れるその華奢な手を意識する度に、僕はこのまま、どうしようもないくらいに滅茶苦茶にしてやりたい衝動に駆られる。
「やっ、・・・んぅ!」
抵抗が、可愛い。震える肩が、愛しい。そして、ここまで踏み込んでも、それでも全力の抵抗を見せないルルーシュを、心から愛してる。
君の甘さにつけ込む僕を、
どうか許して。


「はぁ、はぁっ・・・」
「・・・はぁ」
どれくらい経ったのか。
僕が息を乱すくらいだから相当だとは思うけれど、ルルーシュを前にして平常心でいられるはずもないから実際にはどれくらいの時間が経ったのかわからない。ルルーシュは完全に力が抜けきってしまっていた。上気した頬が、濡れた唇が、そして潤んだ瞳が、これほどに威力があるのだということを、僕は今日身を持って知った。


何も要らないなんて嘘だ。
僕はずっとルルーシュを求めていた。
でも、傷つくのが怖くて、ルルーシュの傍にいれなくなるのが怖くて。
ルルーシュからは何も貰わなくても大丈夫って、そう思い込もうとしていた。
そんなはずないのに・・・
1日顔を見なくてもルルーシュに飢えてしまうくらいルルーシュを渇望しているのに。
今日ルルーシュからの、精一杯の想いの欠片を貰ってようやく自覚した。
やっぱり僕は、ルルーシュのすべてが欲しい。
諦められない。
「この・・・」
「ごめん」
怒るのも当たり前だ。何も要らないと言った口で、その唇を侵したのだから。だからどんな罵声も甘んじて受けいれる、そう思っていたのに・・・


「馬鹿スザクっ!やるならやるで、少しくらい手加減しろっ!!」
「・・・へ?」


どんな拒絶がくるのかと戦々恐々としていた僕を意外な罵声が襲う。僕は思わず間抜けな音を発し腕の力を抜きかけてしまう。だが未だに自身で立つこともままならず僕にその華奢な体躯を預けてくるルルーシュを放すわけにもいかず、僕は必死で抱きとめた。


「・・・怒って、ないの?」
「・・・怒っては、いる。・・・だが仕方ないだろう」
そう言ってルルーシュはふいっと顔を反らしてしまう。
仕方ない・・・?
何がだろう・・・
説明を求めるようにルルーシュを見れば、ようやく呼吸が落ち着いてきたのか最後に深く一息吐いたルルーシュが僕を見つめてきた。そして僕の腕から抜け出して少しの距離をとる。とは言っても元が近すぎただけで今の距離が普通なのだが、先までの熱が自分の腕にいないのに少しの寂しさを感じてしまう。思わず追い縋ってしまった腕をしかし、理性で押しとどめる。ルルーシュはその腕を見ても何も反応しなかった。
拒絶は、ない・・・?


「・・・お前、ずっと俺の騎士になりたかったって言ってただろ」
「あ、うん!」
慌ててルルーシュに返事をする。今さらルルーシュのご機嫌を伺ってしまう。
「・・・それはつまり、その時から、あ、いや、そのだな、違うかもしれないが・・・結構前から俺を好きだったのか?」
騎士になりたいイコール好きというわけではないと思うが、お前の根底はそれなんだろう?というように、ルルーシュはかなりどもりながら、しかし懸命に言葉を紡ぎだした。拙く、動揺はしているけれどその顔に嫌悪感などは見当たらない。
「結構前からっていうか、出会った時から好きだったよ」
至極当然のように言った僕の言葉にルルーシュは本日2度目の絶句。しかし今度は少し頭をふるふると振るっただけでまたこちらを見返してくる。持ち直したらしい。
なんか、もう・・・なんだろう。色々と限界・・・?
どこまで愛らしくあれば気が済むのか、一挙手一投足が僕を煽ってくる。
「じゃあ、ずっとこういうこともしたかったってことか・・・?」
「うん・・・触れたかったのはずっと前からだけど、こういうことしたくなったのは再会してから、かな・・・あ、でも。別れてから再会する前も夢の中に何度もルルーシュが出てきたから、自覚してなかっただけでずっとしたかったのかな?」
「・・・ちょっと待て。夢ってなんだ?」
「・・・えへ」
「お前・・・いやいい、言うな」
「別に聞かれたって構わないのに」
「俺が構うんだ。・・・つまりお前は、ずっと我慢してきたってわけなんだな?」
「・・・かなり」
そうですとも。
無意識って怖い。今思うと常にルルーシュの唇や首筋に視線がいってた気がする(どんな変態だ)。守りたいだとか、傍にいるだけで十分とか、どの口が言うのかと自分で自分に呆れてしまうが。でもそれもこれも、無駄に色気を醸し出すこの幼馴染が悪いのではないかとも思う。大変好ましくはないけれど会長がセクハラをしたがる気持ちがよぉくわかるというものだ。まぁ会長の悪戯はルルーシュだけに留まることじゃないが。


「・・・ならいい」
「?」
思考に耽っていたため、ルルーシュが何を言っているのかがわからなかった。思わず疑問符を浮かべて目で説明を求める。期待はするなと、自分に言い聞かせながら・・・
なのに、
「お前がしたいなら・・・触れたいのなら、一定の接触までなら許す」
「!?」
そんな僕の理性をあっさりと突き崩すことを、この目の前の愛しい人は言ってのけるのだ。
「最後だけは、許すわけにはいかないが・・・それで、それでもいいのなら、」
俺は許すよ。
そう言ったルルーシュは下を向いて俯いてしまったため顔は見れなかったのだが、漆黒の髪の合間から見える耳は、ほんのり赤く、熱みを帯びていた。その色に、どうしようもなく煽られる。
「・・・いいの?」
わざとその耳元で囁くようにして確認を取る。
「っ・・・あぁ」
ルルーシュがぴくんと体を捻りながらも肯を示す。
「言ってる意味、ちゃんとわかってる?」
「わかっ、てる」
「キスは勿論、・・・体中触っちゃうよ?」
「卑猥な言い方をするな。・・・構わない」
「・・・ちなみに、一定の接触って、具体的にどこまで?」
最後だけは許さないって、それは、つまり・・・
「最後の一線を越えなければという意味だ」
「・・・挿れなければ、ってこと?」
「だから露骨な表現をするな!」
指はいいの?と首を傾げて聞けばルルーシュは顔を真っ赤にして睨んでくる。
「だだだって!・・・ルルーシュは僕をそういう目で見てないんだろ?」
「あぁ」
「なのに、なんでそこまで許してくれるの?」
普通、恋愛対象として見ていない同性の親友に、そこまで許せるものなのだろうか。いくらルルーシュにとって枢木スザクが特別なのだとしてもルルーシュの性格上これはあり得ないことではないだろうか。それにそこまで許しておきながら最後の一線に拘るルルーシュも気になる。まぁ確かに、そこを許すのと許さないのでは男の矜持に大きく関わることだとは思うけど。
「・・・お前のことはそういう目で見たことがなかったから、正直抵抗がないわけじゃない。だけど・・・」
「だけど?」
「・・・お前に執着されるのは、悪くない」
「・・・・・・」
「気持ち良いとさえ、思う」
「ルルーシュ」
「いや、違うな・・・俺は、卑怯、なんだ」
「卑怯?」
「卑怯な手を使ってると、思う。つまり、俺はまだお前に何も返せるものを持っていないのに、だけど、お前を縛りたいがために・・・お前が望むならと、体で引きとめようとしてる。勿論、お前がそんなもので引きとめられるとは思っていない。お前がそんなやつだとは思っていないし、お前がこんなことをするくらいだから、お前の想いも疑っていない」
「ルルーシュ・・・」
「だけど、・・・お前にはまだ言えないけど。俺は、きっとお前が・・・最も軽蔑することをやっている。多分、それを知ったらお前は俺を、許さないと思う」
「ルルーシュ!」
「いいから聞け!」
怒鳴られて仕方なく僕は押し黙る。
そんな僕に満足したのかルルーシュは言葉を続ける。
「・・・だから俺は、お前にどこまでも執着されていたい。すべてを知ったときに、少しでもお前が、俺の傍にいることを選んでくれるのなら、その可能性が育つというのなら・・・俺は、お前を縛っていたい」
「・・・ルルーシュ」
「それなら何故すべてを許さないのかって、お前は思うかもしれない。だけど、最後の一線だけは・・・そんな卑怯な理由のために越えるのは嫌なんだ」
「ルルーシュ」
「いつか、俺とお前がそういうことをするのなら・・・それは、もっと優しい形がいい。下らない打算や手段など関係なしに、もっと純粋にお前を求めたい」
「ルルーシュ・・・」
「だから、それまで待ってて欲しいんだ」
「うん、」
「いつまで掛かるのかわからないけど・・・」
「うん、いいよ・・・いくらでも待つよ。本当は、本当は君が僕を好きになってくれるまで指一本触れない、とか言えたらいいんだけど・・・だけどそれは無理そうだから・・・今も君に触れたくて触れたくて仕方ないのに、悔しいけど、君に触れずにいるなんてことはもう無理だから。でも君が僕のために考えてくれるのだと言うのなら、僕はいくらでも待つよ。だからせめて今日だけは何もしない。それが僕の、僕なり誓いだ。今日だけっていうのが情けないけれど・・・今日はただ、君を抱きしめて眠りたい」
いい?というようにルルーシュを覗き込めば、
構わない、と少し俯きがちに、恥じらいながら言葉を返す君が、心から愛しいと思う。


「早く、」
「え?」
「早く好きになってもらえるように、頑張るね?」
「・・・うん」
「あ、それとルルーシュ」
「なんだ?」
「君は、さっき、僕が君を許さなくなるって言ったけど」
「あぁ・・・」
「きっとそれはないと思うよ?」
「・・・そんなことはないさ」
「うーん、そう思う根拠を言ってほしいなぁ」
あんなにも君に委ねる覚悟があると伝えたのに、もしかしてまったく伝わっていないのだろうか。そうなるとこれは、僕への信頼の問題かはたまたルルーシュの自身への価値観が問題なのか。どちらにしろ何とかしなければいけない問題なのは確かだ。


「・・・お前は、間違ったことを、許さないだろ?」
「ん?」
「俺は、結果のためなら手段を選ばないけど、お前は、そんな方法を何よりも軽蔑するじゃないか」
「ちょっと待って、」
何の話だ?
「俺は今、間違いだと知っていても、お前に憎まれるとわかっていても、もう戻ることのできない道を進んでいる」
「ルルーシュ、ちょっと待って、」
嫌な予感。
なんかまた最初に戻ってないか!?
「お前を裏切るようなことだと知っていて俺は、だから俺は、本当はお前にそこまで想われる資格なんて、」
やっぱりそうだ!!あぁもうルルーシュ、君ってやつは!!
「ごめん、やっぱり俺っ、」
やっぱり何!?撤回!?そんなことさせて堪るか!
「俺はお前とはっ!」


「だからちょっと待てってば!」


渾身の力を込めて叫べば、はっと我に帰ったようにルルーシュがこちらを伺ってくる。
もう穏やかにだとか、優しくだとか、そんな余裕なんてどこにもない。
ここまで僕を掻き乱すことのできる君は(しかも無意識だ)本当にすごいと思う。


「あ~もう、なんて言えばいいか・・・」
僕は天井を仰いで嘆息した。
「なんとでも言えばいい」
・・・この期に及んで非難されるとでも思っているのだろうか。
どうやったらこの流れでそんな発想に行きつくのか・・・
「そういうことじゃなくて・・・」
「?どういうことだ?」
「とりあえず」
「ん?」
「想われるのに資格なんていらないってことは最初に言っておくとして、



・・・最初に間違ったことを許さなかったのはルルーシュじゃないか」






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