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「す、ざく・・・」
もはやルルーシュはどうしてよいのかわからないのだろう、目じりに涙を溜めて、しかし泣くこともできずに、必死にスザクに助けを求めている。
ルルーシュはきっと既に後悔しているだろう。思いもよらない未来図と、普段とはかけ離れたスザクの態度と、そして、誰よりも慈しんで大切にしている少女に抱いてしまった嫉妬という感情を叩きつけられて。
ルルーシュがナナリーを優先するのは当たり前で、そのためにはスザクはナナリーについているべきなのに、他でもないスザクに植え込まされた執着心、依存心が、その想いを邪魔させる。ルルーシュにとってそれは決してあってはならないこと。自らの存在意義を根底から覆してしまいかねないその事実。
おそらくルルーシュは今、独占欲と罪悪感の入り混じった混乱の境地にいるのだろう。その証拠にルルーシュの手がスザクの服をぎゅっと握りしめている。まるで行かないで、というようなその仕草。
普段は、
冷静でプライドの高い君には、
決して出来ないその仕草。
くらくらする。
さっきまで、
あんなにもスザクを突き放していたその手で、
今度はスザクに追い縋るのだ。



なんて残酷で、愛おしい君。



スザクはルルーシュを抱きしめていた両の手を徐々に上げていく。慈しむように、腕、肩、首、顎、そして頬に到達するなりスザクは優しくルルーシュのそれを包み込んだ。
「ね、ルルーシュ・・・」
肩がびくんと震える。
「僕は君の騎士になりたいんだ」
「あ、すざ・・・く・・・」
「君だけを優先して、君だけのために生きる、君だけの騎士になりたい」
ルルーシュが息を呑む。
「ナナリーのことはとても大事に思ってる。君にとっては勿論、僕にとっても大事な、妹のような存在だよ」
「スザ、ク・・・」
「でもね、それとこれとは話が別なんだ」
「 ・・・べつ?」
舌足らずに自分の言葉を返すルルーシュに苦笑いする。
今まで何度も言ってきたというのに、まだわかっていない皇子様。
他者のことには驚くほど敏感なのに、
自分のことになるとどこまでも鈍感な愛しい、愛しい皇子様。
仕方ないから教えてあげるよ。


「騎士にとってね、主っていうのは自分の心に従って選ぶものだから」
守りたいって気持ちと騎士になりたいという気持ちは必ずしも一致するものではない。騎士になりたいという気持ちに守りたいという気持ちが含まれていたとしても、守りたいと騎士になるということがすぐにイコールになるかと言えばそうではないのだ。守りたいという気持ちは騎士になりたいという気持ちの必要条件ではあるけれど、十分条件ではない。
「騎士になるには、もっと大事なものがあるんだよルルーシュ」
「大事なもの?」
落ち着いてきたのかだいぶ常のルルーシュに戻ってきている。それでも先ほどまでのが大分効いているのか、いつもは頑ななまでに自分にナナリーの騎士を勧める彼が今日は聞く耳を持っている。そのことにスザクは満足を覚え、自然、とても柔らかな心になっていく。
「そう、大事なもの」
「だいじ、なもの・・・」
少し下を向いて考え込んでしまったルルーシュ。その姿が微笑ましい。なんだか幼子を相手にしているような気持ちになってくる。しかし下を向いているルルーシュはそんなことを思われているなど露にも思わず、いくら考えてもわからないのだろう次第に眉間に皺を寄せていく。なんて愛らしい。答えなんて、たったひとつなのに。
「この人だって、」
その言葉にルルーシュが顔を上げる。
「この人だって強く思うことだよ」
つまり好きであることなのだけど。直接的には言わない。


「は?」
「騎士が仕える条件」
さっき、自分の心に従って選ぶものだって言ったでしょ?そう言ってウインクをしてルルーシュに繰り返せば、
「守りたいとどう違うんだ?」
心底納得がいかないという表情が返ってきた。
「全然違うでしょ?」
「違わない、んじゃないか?・・・この人だって思うってことは、突き詰めれば守りたいという感情が根底にあるからだろう?」
「だから守りたいっていうのは騎士にとって必ず必要な感情ではあるけど、決定打にはならないんだってば。守りたいって思うことなんていくらだってあるだろう?雨に濡れて可哀相な子犬を守りたい、教師として愛しい教え子を守りたい、大切な家族を守りたい。だけどそのどれも騎士になりうる感情じゃない。結局のところね、騎士になるかどうかっていうのはその人が持つ直感によるものでしかないんだよ。目を見た瞬間にわかるっていうのはベタだけど、やっぱりそういうものだと思う。理由はわからなくても、この人のために何かしたい、この人に自分を捧げたいという気持ちが騎士になるための十分条件なんだ。まぁ必要条件だけで騎士になることもあるけど。極端な話ね、理由なんか要らないんだよ。ただひとつ、騎士になりたいって思うことができるならそれだけで騎士になれるんだ」
まぁ騎士ではないルルーシュには難しい話なのだろうけどね、と茶化すように言えばルルーシュは不貞腐れて、俺だってナナリーの騎士になれるのならなってやりたいさ、と返ってくる。その言いようがあまりに可愛いのでつい抱きしめそうになってしまうがなんとか堪えた。


「ね、ルルーシュ」
「なんだ?」
「きっとね、僕が騎士にならなくてもナナリーは問題ないよ」
その言葉にルルーシュは眉間に皺を寄せる。
「・・・どうしてそう言い切れる?今はこうして問題なく生活しているかもしれないが、いつ本国の連中に見つかるともしれないんだぞ?それ所か日々の生活だってどんな危険が潜んでいるかしれないんだ。何を持って問題ないと言い切れる?」
「だって」
「だって?」



「ルルーシュがいるじゃない」



「んん?」
「ルルーシュは生きている限りナナリーを優先するでしょう?」
「当たり前だ」
「なら、ナナリーはルルーシュが生きている限り大丈夫。僕がルルーシュを守ればナナリーも自動的に守れると思わない?それなら僕は望み通りルルーシュを守れて、ルルーシュも望み通りにナナリーを守れるよね。ほら、万事解決!」
「・・・・・・騙してないか?」
「騙されるようなところあった?」
「・・・・・・」
「そんなに難しく考えなくてもいいんだよ。ルルーシュはただ、僕を傍に置いてくれるだけでいい。それだけですべてはルルーシュの望むままにしてあげるよ。ナナリーも守ってあげるし、ルルーシュがやりたいならどんなことだって手伝ってあげる。ルルーシュの望むように、ルルーシュのためだけに」
「・・・出来もしないことを言うな」
「信じてくれないの?」
「信じるも何も・・・ならお前は軍を辞められるのか?俺が辞めろって言えば辞めてくれるのか?人を殺せと命じたら殺してくれるのか?ユフィはどうする?騎士にって、言われているんだろ?断れるのか?二度と会わずにいられるのか?」
「ルルーシュ・・・」


なんだか、可愛い嫉妬が混じっていたような気がする。
でもこの場で笑顔はさすがにまずいのでじっと真面目な顔を取り繕う。しかしルルーシュはその表情を違う意味に理解したのか、諦観を浮かべて自嘲気味に笑う。
「・・・出来ないだろう?だから、言ってるんだ。出来もせずに、」
「出来るよ」
「わかってる。別にやれだなんて・・・なに?」
「出来るよ。ルルーシュがやれっていうのなら、ルルーシュが僕を騎士にしてくれるのなら出来る」
その言葉にルルーシュは激昂した。
「・・・っ馬鹿に、するな!お前は人をからかっているのか!!お前に出来るはずがないだろう!実際にやる気もないくせに、・・・お前はいつもそうやってっ!」
「出来る、出来るよルルーシュ」
「・・・っ!」
「僕には出来るんだ・・・ただルルーシュが望むだけで、きっとどんなことも出来てしまう」
「ス、ザク、お前・・・」
「あのね、ルルーシュ。愛してるんだ」






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