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「なんでそんなに僕を騎士にしたがるの?」
「っ、だから、それが最善のっ、」
「僕がナナリーの騎士になることが?」
「っ!そうだ!」
「ルルーシュは騎士がどんなものかちゃんとわかってる?」
「馬鹿にするなっ!騎士がどんなものかは皇族であった自分がよく知っている!だからこそお前に、スザクにナナリーを守ってほしいんだ!」
「わかってない、わかってないよルルーシュ」
「何がっ、」
「あのね、ルルーシュ。騎士っていうのはね、どんな時も主を優先しなきゃならないんだ。それはね、例えば主の命を他の命と比較したときに主の命を優先するとかいうそんな大それた話だけに留まらないんだよ」
主が少しでも傷つく虞があれば、他のどんな存在も、そしてどんなに多くの命であっても気にしてはならない。犠牲にしなければならない。それが例えどんなに下らない理由であったとしても。
「僕がどんな時もナナリーを守って?ナナリーを傷つけないためにルルーシュにすらも牙を向けて?目の前で君が傷ついていてもナナリーを優先させて?挙句にはルルーシュの命が失われるかもしれない場面でもナナリーのことを考え続けていろって?・・・冗談じゃない」
「っスザク!!」


おそらくナナリーをないがしろにするような言葉を選んだからだろう、ルルーシュが激昂に駆られた目でこちらを睨んでくる。
しかしこちらももはや引くわけにはいかない。何しろ騎士になれるかなれないかの瀬戸際。ここでわからせなければもう駄目なのだと、自分の勘が告げていた。
ルルーシュの騎士になる、ひいてはルルーシュの傍にいるためならば妹のように大事に思っている少女の名前だって使わせてもらおう。それは一見非道にも見られるが、確かなスザクの覚悟でもあった。
敢えて言うならば、スザクが言っている願いというのは少女の願いでもあって。自らによってスザクとルルーシュが幸せになれるというのならば、それこそ少女にとっては本望である事柄には違いないのだけれど。
そもそもルルーシュ第一主義であるナナリーの望みがルルーシュの望みと食い違うことがまず有り得ないのだ。でもだからこそこんなことで揺れてしまうルルーシュが愛おしくもあり、逆に憎らしくもある。
結局、ルルーシュは自分がどれほどみんなに愛されているのか、まったく理解してくれていないのだ。


「ねぇルルーシュ」
「なんだっ!!」
まだまだ睨んでくる黒猫ちゃん、そんな比喩が頭の中を過ぎってスザクは心の中で苦笑いを溢す。本当に、どうしてこんなにもわからず屋なのか・・・ルルーシュはいつも肝心なところで頭が悪い。きっと今も、自分の発言によって為される結果をまったく考えていないのだ。スザクがナナリーの騎士になるその意味を、結果を。
「ルルーシュは、」
「だからなんだと、」
「僕がルルーシュ以外を優先していてもいいの?」


「・・・は?」
ルルーシュはきょとんと瞳を見開く。
何を言われたか理解できないって表情。
そんなルルーシュに今度はもっとわかりやすい言葉で、



「ルルーシュは、僕がルルーシュ以外の人に、跪いたり、独占されたりしても、いいの?」



残酷な宣告をしてやる。





咄嗟にルルーシュはその言葉を理解出来なかった。
自分が何を言われたのか、スザクが何を言っているのか。
ルルーシュはまったく理解出来なかったのだ。
何故ならそれは予想していた未来と、あまりに掛け離れた現実だったから。
考えたこともなかった、未来だったから。
だからこそルルーシュはその言葉を理解した途端に、
目に見えて狼狽した。


縋るような瞳。
置いてけぼりの子どもみたい、その表情。
全身で、独りにしないでと言っているようだ。


その素直過ぎるあまりに予想通りの反応に今度こそスザクは苦笑いを禁じえなかった。
「ナナリーの騎士になるってことは、そういうことだよ」
「あ、」
ルルーシュはもはや言葉も紡げなかった。


この黒猫が存外に構われたがりなのは知っている。
でも他者に対しての線引きが極めて高いルルーシュにそこまで甘えを見せられる相手など限られていて。だからこそスザクは、ずっとルルーシュを甘やかしてきた。それは勿論、常に強者によって踏みにじられ傷ついてきたルルーシュを優しく甘やかしてやりたいという、いわば慈しみの心もあったのだが。それとはまた別にルルーシュの中に絶対の自分を植え付けてやりたいというどこまでも打算的で劣情に塗れた卑しい下心も、確かにあったのだ。
だからなのだろう。昔からルルーシュの中ではスザクの存在が高位を占めている。それは恋愛感情だとか親友の情だとか、そういうものではなくて。ただただ、ルルーシュにはスザクの存在が必要なのだ。きっと本人にも、何故自分がそんなにも枢木スザクという存在を求めてしまうのかわかっていない。むしろ自覚しているかだって怪しいものだ。だからこそそんな彼に、スザクが彼以外の人間のモノになるのだという宣告はあまりに酷であった。たとえルルーシュ自身が望んだことだったとしても。


「ルルーシュよりもまずナナリーに挨拶をして、ルルーシュはその後・・・」
咄嗟に逃げようとするルルーシュの腕を取って、座っていた椅子よりも更に近くに引き摺り込む。だから華奢な痩身が腕の中に堕ちてくる。
「すざ、」
「ナナリーの手を取って慈しむ僕の視界に、かすかに映る君は僕の意識から外されていて、」
ルルーシュの懇願など切って捨てる。
だって口端を切ったのは君。
「僕の行うすべての行動にはナナリーが根付き、いずれはナナリーが僕の存在意義になる」
懲りもせず逃げをうつ華奢な体を、圧倒的な力で抑え込む。
「やっ、」
「僕のすべてがナナリーのモノになる」
瞳がやめて、やめて、と怯え叫んでいた。
「そこに君の姿はない」
「・・・っ!」



「誰かの騎士になるっていうのはそういうことだ」



断罪の響きを持って告げられたそれらは、すべてルルーシュだけに与えてきた特権。
スザクが唯一、ルルーシュだけに許した特権なのだ。
なのにルルーシュは、それを自分ではない誰かに譲ろうとする。
スザクを、手放そうとする。手放せるはずもないのに。
奪われても平気だとでも思っているのだろうか?
そんなわけがない。
平気なわけがないのだ。
誰よりもスザクを必要としているくせに、
そんな泣きそうな目をして、僕に縋ってくるくせに・・・


「無理だよ」
「っ・・・」
「そんなことは僕にも君にも無理なんだよ」
「スザ、ク・・・」
ルルーシュの瞳は不安な色が色濃く映されてこれ以上無いほどに揺らいでいる。
縋って縋って、僕だけに助けを求める瞳。
だがもう・・・
そんなものは関係ない。


「こんなにもいつも、君のことを考えているのに」

わからないというのであれば教え込むまでだ。


「なのに」
―――何度言ってもわからない君。


「君以外の人間のことをずっと考えていろだなんて」
―――どこまでも残酷で、愚かな君。


「君以外の人間を優先しろだなんて」
―――でも、そんな君がどうしようもなく、




「そんなの無理に決まってるんだよ!」




・・・・・・愛しいのだから。






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