「スザク!」


リヴァルやシャーリー達と談笑していたスザクは、
突然教室に入ってきたルルーシュに目を大きく瞬かせた。









「ルルーシュどうしたの?!僕、僕!!」
「お前、今日の夜暇か?」
感極まってルルーシュに抱きつこうとしたスザクを総無視する形でルルーシュが話し始める。
「え?夜?・・・た、多分」
「多分?」
「少し軍の方に顔出さなきゃいけなくて・・・」
何でも僕のお祝いだとかでセシルさんが手料理を御馳走してくれるらしいのだ。でも残念ながら、僕にはこれから起こるであろうすべての惨劇に耐えられるだけの忍耐力は無かった。おそらく適度なところで逃げ出すことになるであろうことは確定だ。
「うん、だから多分大丈夫!」
「何がだからなのかは全くわからんが、大丈夫ならいい。それなら7時頃にうちに来られるか?」
「うん!大丈夫!絶対行くよ!何が何でも必ず!ルルーシュのためなら、」
「じゃあ来てくれ。・・・待ってる」


言葉を(明らかに意図的に)切られたにも関わらず、待ってる、そのたった一言にスザクは不覚にも胸をときめかせてしまう。今ときめいたところでどうすることも出来ないのに、と心の中で叫びをあげるが2人きりの時でもどうすることも出来ないのは周知の事実である。何故周知なのかと言うと、ルルーシュの方はともかくとしてスザクがルルーシュを好きで好きで日夜猛アタックを繰り広げているというのはもはや全校生徒公認の事実だからである。
当初は、学園のアイドルでもあるルルーシュに言い寄るだなんて、なんて恥知らずで羨ましい限りの、いや、神をも恐れない不届き者なのかとルルーシュ親衛隊の怒りを買ってはスザクに対する排斥運動が行われていたりもしたのだが。事を起こすうちに次第にスザクのルルーシュに対する熱い気持ちがファンの人達にも伝わり始めたのか(正確にはスザクに敵う者が誰一人いなかったための黙認)今では学校全体の認める仲となっていた。スザクがルルーシュに何を言っても周囲の皆は(特にクラスメート辺り)微笑ましいばかりの笑顔で見守っていたりするほどである―――そのほとんどが面白半分の野次馬達であり中にはルルーシュがスザクに落ちるかどうかの賭けまでもが横行しているのだがルルーシュ本人は気付いていないので問題は無い。ということになっている。ちなみに主催はひっそりと生徒会長であるミレイ・アッシュフォードとその生徒会長に絶賛片思い中のリヴァル・カルデモンドの両人であり、現在優勢なのはスザク残念派。(ルルーシュの素気ない態度が一因だろう)件の親衛隊に至っては断固としてスザク残念に全財産を捧げている、との噂でまぁ早い話が望み無し、それが大方の見解であるということだった。




と、そんな事情は置いておいてだ。
スザクは学校にいる時のほとんどをルルーシュと共にする。それはアプローチの一貫のようにも思われているのだが、当のスザクに至ってはただルル欠乏症に陥っているだけなので(※一晩)アプローチというよりは生命維持活動に近かった。が、そんなスザクが今日に限ってはその範疇でなかった。いうのは今日は朝からルルーシュが行方不明だったのだ。
スザクは朝から学校に来られる日はクラブハウスまで行ってルルーシュを迎えに行っているのだが今朝はクラブハウスに行っても”ルルーシュ様は既にこちらをお出になりました”という咲世子さんの素っ気無い(ホントに素っ気無かった)言葉が返されただけで、ルルーシュに会うことは叶わなかったのである。
だからスザクは今日1日ルルーシュの姿を求めては校内を巡回していた。その姿はさながら捨てられた子犬、もしくは迷子になった幼子のようであって。一部の女生徒の同情を激しく買っては一緒にルルーシュ君探してあげようか?と声まで掛けられる始末。しかしスザクはその有難い申し出を丁重にお断りし(何故だかわからないが一人で見つけたかった)その後も必死に一人でルルーシュを探していたのだ。だが午後になっても一向に見つからないルルーシュ。いよいよスザクが本気で落ち込み始めたのを見かねたリヴァル達が慰めるため話しかけたのが冒頭の談笑しているリヴァルとシャーリー、スザクの図だったわけである。ちなみにスザクは全然笑っていなかった。むしろ泣いていた。


まぁ、そんな所にルルーシュがやってきたのだから、スザクの喜びようは押して測るべしと言ったところである。全身から会えて嬉しい、会えて嬉しいと忠犬よろしくオーラを滲みださせるスザクと、そのスザクを頑として無視したルルーシュの態度はいっそ天晴れで。スザクに対する同情よりも思わず、さすがルルーシュだ、と意味のわからない納得をしてしまう程には見事であったのだ。
一方そのスザクはと言えば、自分がルルーシュを探していたことも、ルルーシュが今日1日どこに行っていたのかも聞き忘れて、久し振りに会えた喜びと(※一晩振り)今日の夜までも一緒にいられることになった喜びにこの上無いほどに蕩けきっていたわけで。


「良かったね、スザク君」
「良かったじゃねぇか、スザク」


リヴァルとシャーリーが笑顔で声を掛ければ、スザクはその言葉にへらっと笑って、


「ありがとう」


と返す始末。
さながらリヴァルとシャーリーは息子を持った親の気持ちであった。
―――出来は悪いけど愛嬌だけはあるタイプの。


とまぁ、そんなお誘いがあったのが午後も回った3時過ぎのことで。












初めての、そして始まりの



















そして午後6時。
僕はクラブハウス前にいた。

ルルーシュには7時に来てくれと言われたのだが、思いのほかに用事が早く済んでしまったので少し早いが来てしまったのだ。だって1分1秒だってルルーシュと長くいたいのだ。家に帰って時間までずっと待っているだなんてこの僕に出来るわけがない。悪いな、と思いつつも指はちゃっかりと呼び鈴を押していた。


しばらくしてから徐々に足音が近づいて来て、止まったかと思うとガチャっと音を立てて扉が開いた。
「早かったな、スザ」
「ルルーシュっ!!」
扉の向こうから現れたルルーシュに、僕は挨拶もそこそこに(というか皆無に)抱きつく。僕はどうやらルルーシュを前にすると抱きつかずにはいられないみたいで。これをするといつもルルーシュに怒られてしまうのだが、わかっていてももはやこれは反射というか癖みたいなもの、今更直すことなど出来はしないし直そうとも思っていなかった。僕に出来るのは、精々やってしまった後にくるであろうルルーシュからの攻撃に耐えることだけだ。そんな自分勝手極まりないことを思いながらもスザクは直に来るであろう衝撃に備えて身構えていたのだが―――、


(・・・あれ?)


いつもはすかさず来るだろう攻撃がいつまで経ってもこない。


僕が不思議に思って(どさくさに紛れてルルーシュの髪に顔が埋まる方向に)首を傾げてみれば、抱きしめているために丁度僕の耳辺りにくる吐息と、ルルーシュのさらさらの黒髪から薫ってくる甘い匂い(果実系?)にクラクラしてしまって。不思議さとこのままこの感触を堪能していたい葛藤に悩まされてしまう。
「いい加減会うたび会うたび抱きつくのはやめろと言っているのに・・・」
そんなため息交じりの声が聞こえてきたが、反対にルルーシュのその手は僕の背中をポンポンと叩く。それはまるで宥めるかのようで、今度こそ僕は驚きを隠せなかった。


(いつもはどこまでも素気無いあのルルーシュが、こうして僕が抱きついて攻撃するどころか、宥めるように優しく背中を叩いてくれるだなんて!)

「・・・ルルーシュ、何かあった?」

思わず心配になって尋ねてしまう。


「何がだ?」
「君がこんなことするだなんて天地逆転、いや崩壊の前触れ、痛っ」
「お前はいつも一言多い」


ルルーシュにデコピンをもらった・・・。
だけどやっぱりその一撃もいつもの抵抗を思えばかなり甘い処断。

(全力でもそんなに痛いわけじゃないけどね)

本当に、今日のルルーシュはどうしたんだろう?と再び首を傾げてしまう僕の様子に――、
「お前・・・」
「え?なに?」
「・・・いや、何でもない
ルルーシュはさも呆れたとばかりの顔をしてからため息を吐く。
しかし次の瞬間には何だか楽しそうな、というよりも嬉しそうな?顔をして僕を見つめてくるではないか。それは普段のルルーシュからは考えられない慈愛の表情。いや、きっと僕が何もしなければいつでも見られるんだろうけど―――スザクは気付いていないが普段の態度も十分甘い―――僕がルルーシュを目の前にして何もせずにいられる日が来るとは到底思えない。というかまず来ない。人からそれはセクハラだと言われようがそんなことはスザクの知ったことではなかった。だから僕はこの際だとばかりに先ほどから顔を埋めているさらさらの黒髪、その感触をより堪能するために腕に更なる力を込めるのだ。(誇らしげだが何も誇らしくはない)
しかしいざ事を起こそうとして、


「いつまでも抱きついていないでさっさと中に入れ」


ルルーシュからのストップが入ってしまった。
それを残念に思いながらもせっかく良さそうな機嫌を損ねたくなくて渋々離れれば、何がおかしかったのかルルーシュはやっぱり笑顔で。早く入れ、と扉を開けて中へと促してくれる。その常とはあまりにも違う態度に僕は不思議に思いながらも、まぁいっか、と今ある幸せに身を任せることした。ルルーシュは楽しそうだし、好きな人に優しくされれば嬉しさを感じてしまうのは当然のこと、スザクは細かいことなどどうでもよくなって浮かれ気味にクラブハウスに入っていった。


相変わらず都合主義というか、自分主義なスザクである。











+++





「それにしても早かったんだな」


おそらくルルーシュの部屋に向かっているのだろう廊下を2人で歩きながらルルーシュが僕に尋ねてくる。


「あ、うん。軍の用事が早く終わってね。まぁ元々今日は軍務じゃなかったんだけどね」
「仕事でもないのに軍に行ったのか?」
「うん。なんかよくわからないんだけど、呼び出されてて。なんでも御馳走だか何だかを作らなきゃいけなかったらしくて昨夜から色々忙しそうだったんだ」
「・・・・・・へぇ」
微妙な表情で相槌を打ちながらルルーシュが部屋の扉を開ける。
相変わらず部屋の中は整頓されていて、塵一つ落ちていない。ルルーシュがベッドに腰掛け、僕にも隣りに座るように促す。ベッドに2人、そのシチュエーションに少し胸が高鳴った。
「で、でも今日行ったらトレーラーの方が悲惨なことになっていたばかりか、本部の方まで死屍累々。多分セシルさんが作った料理が原因だと思うんだけどね・・・一体何がしたかったんだろう?」
少し緊張しているのを誤魔化すように会話を続ければ、ルルーシュがこちらを見ながら優しく聞いていてくれる。なんだか、本当にどうしたんだろう今日のルルーシュは・・・こんな対応をされると嬉しいけど、嬉しすぎて困ってしまう。
「ブルーベリージャムの?」
その言葉に僕は軽く驚いた。以前話した時はいかにも聞いてなさそうな素振りだったのに。いまだに覚えておいてくれるくらいには僕の話に耳を傾けてくれていたんだろうか。僕は嬉しくなって緊張も忘れてルルーシュに話しかける。
「うんそうそう。そのセシルさん以外にも人が居てさ、なんか歌とか歌ってくれたりもしたんだけど、みんな瀕死状態で何言ってるかわからないし、歌が終わったと同時にセシルさんがよくわからない緑と黄色の物体、そういえばグラデーション掛かってたけど考えてみたら凄い技術だよねアレ。あ、それでセシルさんがね、その物体を持って室内に入って来たんだけど、入ってきたと同時に今度は歌を歌ってくれていた人たちが僕の方に助けを求めて雪崩れこんできたんだよね。つい怖くなって逃げて来ちゃったよ」
でも確かにあれは逃げちゃうよね、と、覚えておいてくれたのが嬉しくてつい捲くし立てるように話してしまう。
「・・・楽しそうだな」
だから僕はルルーシュの微妙な変化に気付くことが出来なかった。


「そう!?最後はホントにホラーだったんだけど!?」
「楽しそうじゃないか。お前が軍でも受け入れられてると知って俺は嬉しいよ」
「・・・そう、かな」
ルルーシュが自分のことを案じてくれている、そのことが僕には少し照れくさくて、でもそれ以上に嬉しかった。きっと今自分は満面の笑みなのだろう。その僕を見て、ルルーシュは何故か淋しそうな顔をする。どうして――?
「・・・今日は誘って悪かったな」
「へ?」
「お前がそんなに楽しそうにしているとは思わなくて、考えなしに誘って悪か」
「っルルーシュ!!」
否定だとか、気遣いだとか、そんなこと微塵も思いつかずただ怒鳴った。
ルルーシュも驚いたのか、目を大きく見開いている。
感情的になり過ぎだ、と頭のどこかで警鐘が鳴っていたがでもそれ以上にルルーシュにそんなことを口に出してほしくなかった。ルルーシュの淋しそうな瞳が、言葉が耐えられなかった。そもそもなんでルルーシュがそんなことを言うのかが分からない。僕が嬉しかったのは、ルルーシュ、

君が隣りにいるからなのに・・・

「そんなことない・・・そんなことないよ?ルルーシュ?なんで?僕は君の誘いだったら何でも嬉しいのに。どんな些細なことでも、どんな用事だとしても。君に会える、それだけで何事にも代え難い幸福を僕にくれているのに、どうしてそんなこと言うの?」
お願いだからそんなこと言わないで。
そんな思いを込めて言葉を紡ぐ。
ルルーシュはその言葉に何を思ったのかしばらく思案した後、再び僕にまっすぐな視線を向けてきた。近距離にある瞳は交差して、あぁ、ルルーシュの瞳って本当に綺麗だな、と感慨が押し寄せてくる。

そしてしばらくの沈黙の後に、

「そう、だな。うん・・・悪かったスザク。・・・お前が来てくれて俺も嬉しい」

そんなルルーシュは、少しぎこちないながらも嬉しそうで。
僕はルルーシュがわかってくれた喜びと、
言われた言葉の内容に胸がざわめくのを感じ、
そうして僕はようやく今の異常に気付いた。

あれ?

(近い・・・)



そう、近いのだ。
あまりにもルルーシュが近すぎる。





(わぁあああ!!)


僕はなんと大胆にも怒鳴った際にルルーシュを押し倒していたのだ。
そりゃルルーシュも驚くはずだよ、と納得するがそんな納得をしたところでこの状態がどうにかなるわけでもなく。むしろ状況を理解したことにより僕の頭は余計にショートしてしまった。


(いや、だって、よりによってあのルルーシュをベッドに押し倒すだなんて)


ベッドに倒したことで散らばる艶黒とその黒に映えるかのような肌理細やかな白磁の肌に色を足さなくとも十分に色付きのよい桃色の唇がまるで誘うような艶を持っていて。
おまけに、あまりにも蠱惑的過ぎる紫水の瞳、
その瞳がゆっくりと―――、


(え、えぇええーーー!!???な、なんで!?なんで目を伏せるのルルーシュ!?)


あろうことかルルーシュは、近距離にあるスザクの瞳をじっと見つめ、そして目を伏せ始めたのだ。その姿はいわゆる、


(キス待ちサイン!!??お、オッケーってこと!?い、いやいやいや、ルルーシュに限ってそんな、そんなこと有り得るはずが・・・だ、だから流されちゃダメだ!耐えろ、耐えるんだ枢木スザク!!)


そんなことを思いながらスザクの顔は、だが確実にルルーシュへと距離を詰めていた。
言っていることとやっていることが一致しないのが枢木スザクという男である。


徐々に距離が無くなって、互いの息が感じあえるところまで近づく。あともう少しでキスが出来る、ずっと焦がれていたその唇に触れられるのだ、そう思った時、



コンコン、



扉を叩く音が部屋中に響いた。
僕とルルーシュは咄嗟に大きく目を見開いて互いに距離を取る。
僕は扉を凝視して、それからようやく我に帰った。


(僕は今なにを・・・!?)


動悸が激しい、血が逆流したかのように顔が熱くなっていた。それはどうやらルルーシュの方も同じようで、いつもは白い頬がうっすらと紅色に染まって、恥ずかしいのか、表情は変わっていないのに目線だけは流すように扉の方へと向いていた。


(うわぁ・・・)


なんとも言えなくなった無言の空間、そこに再度ドアをノックする音が響く。
今度はルルーシュの名を呼ぶ咲世子さんの声もした。ルルーシュがその声に返事をして、咲世子さんと一言二言言葉を交わすのを僕は半ばパニックに陥りながら聞いていた。








「スザク」


気が付けば咲世子さんとの会話は既に終わったのか、辺りにはルルーシュ一人の気配しかなかった。僕がいまだぎくしゃくとしているのに対し、ルルーシュはすっかり自分を取り戻したのか僕の方を見て呼びかける。僕は、あぁ返事をしなきゃ、と思ったがしかしどうしていいのか、どんなリアクションが正解なのか分からずにただじっとしていることしか出来なかった。


その様子を見たルルーシュは少し眉を寄せてから、しかし次の瞬間には呆れたように苦笑いをして僕の腕を引っ張る。触れた手首の細さにまたドキッとしながらも僕はされるがままにルルーシュに身を任せ気が付けば廊下を歩いていた。




目を閉じたルルーシュの表情がいまだにちらついていた。










+++





ぶくぶくぶく・・・

湯船に顔を沈めて息を吐けば空気の泡が表面に上がってくる。
それが面白いのか面白くないのか、自分でもわからないけどひたすらに続ける。

何故こんなことをしているかって?
そんなことは僕が聞きたい。

ちらっと、ごそごそと蠢いている物体に目をやってスザクはため息を吐いた。





+++



あの後、明らかに挙動不審な僕を、しかしルルーシュは何も言わずに腕を引っ張って今のこの風呂場まで連れてきた。ルルーシュ曰く、まずは風呂からだ、ということらしいのだが、何がまずはなのかちっともわからなかった。でもルルーシュの言うことに僕が逆らえるはずもなく(逆らう気も無いが)僕は着ていた衣服を脱いで既にお湯が溜まっていた浴槽に浸かったのだ。

そして浸かり始めてから10分。

やはり日本人たるものお湯に浸かるという行為は格別で、さっきまでは少し麻痺していた思考力がようやくここにきて戻ってきた。すると浮かんでくるのは当然ルルーシュのことである。


「うーん・・・やっぱりおかしいよね、今日のルルーシュ・・・」


朝からいなかったルルーシュ。突然現れた午後の時はそれでもいつも通りのルルーシュだった。おかしくなったのは、クラブハウスを訪れてからだ。いつもなら抱きつくとすかさず怒るのに今日は抱き返してきた。いや、それどころかさっきに至っては完全にキスしていいよ的な流れで。しかもその空気を作ったのはルルーシュだ。いつもよりやたらと優しいルルーシュ。いつもと何かが違うルルーシュ。


「やっぱりおかしいよなぁ・・・」
「何がおかしいんだ?」


・・・・・・。


「るるるルルーシュ!?」
突然声を掛けられて僕は叫び出した。
シャワーカーテンが開いたかと思うと、ルルーシュがそこに立っていたのだ。驚くのも当然である。軍人としてどうかとも思うが。
おそらくはバスルームの入口から入ってきたのだろうルルーシュは(そこ以外に出入り口は無いので当たり前ではあるが)、スザクが入っているにも関わらずシャッと音を立てながらカーテンを開けたのだ。


これに慌てたのは当然僕である。だって現在僕は、何も身に纏っていない全裸(入浴中であるのでこれまた当たり前)の状態なのだ。対するルルーシュは多少腕と足辺りの袖を捲くってはいるものの、しっかりと衣服を着用している状態。慌てるなと言う方が無理である。
これがまだクラスメートであり同じ男性であるリヴァル辺りであればわかる。というか問題はない。同じ男同士なのだから照れはあったとしても恥じ入ることなど何もないだろう。


だが相手がルルーシュとなれば別である。


確かに同じ男子でクラスメートという関係にも合致してはいるが彼は紛れもない僕の想い人なのである。それこそ7年来のずっと想いやってきた相手に一方的に無防備な状態を披露させられて僕が何も感じないはずはないではないか。
そもそもルルーシュだって日本人とは違って他人と一緒に湯船に入ることなど滅多にないブリタニア人なのだから、他人に裸を見られる恥ずかしさくらいわかってくれてもいいのではないかと思う。(僕の場合は違う理由からだが)


あぁでも、この学校はさすが日本に建っているだけあって珍しく大浴場なるものがある学校なのだ。あまつさえ彼は見られることに慣れている元皇族(さすがに入浴中までつぶさに見られることは無いだろうが)、この状態に異常は覚えないのも当然のこと、・・・・なのかもしれない、


・・・なんてことあるのか?ルルーシュに限って??


「なんだ、男同士なんだ、そんなに恥ずかしがることもないだろう」
そう言って笑うルルーシュの声、それが示すところは、



(やっぱり確信犯じゃないかルルーシュ・・・)

僕は撃沈して湯船の中に沈んでいった。



「お、なんだ潜水ごっこか?」
頭上でいかにも的外れなルルーシュの声が聞こえた。
完全にからかわれてる。

恥ずかしさと悔しさと、それでもなんだか嬉しさが入り混じって、
僕は今度こそ思考の全てを放棄した。





+++




ぶくぶくぶく、

空気を含んでは吐き出す。
そんなことを大体15回くらい繰り返した時だった。
ようやく蠢いていた物体、ルルーシュがこちらを向いた。
「スザク、シャワーのノズルを取って頭をこっちに持ってこい」
「・・・?」
疑問を持ちながらも言われた通りにノズルを渡し、顔をルルーシュの方に向ける。
「いや、向きはあっちだ」
ルルーシュがスザクの顔を取って自分とは違う方向、つまり壁際の方を向かせる。
「ルルーシュ?一体、」
「いいから目を瞑ってろ」
「?」
何がなんだかわからない、けれどとりあえずルルーシュに言われた通りに目を瞑ってじっと待つ。何も見えないのが少し緊張する。
唐突にルルーシュの手が僕の頭に優しく触れ、湯船に浸かったせいで既に十分な水分を含む髪を何度か梳いた。そして一度手を放したかと思うと、何か液体を掛けられた。
オレンジの芳香がしてそれがシャンプーだと気付く。


「ぅあ・・・」
「気持ちいいか?」
「・・・う、ん」

僕はルルーシュに髪を洗われていた。

最初は丁寧に全体にシャンプーを行き渡らせるように撫ぜて、ついでマッサージをするように掌と親指をふんだんに使って全体を洗ってくれる。


(気持ち、いい・・・)


誰かに髪を洗ってもらうなんて初めての経験だった。
僕はその手の感触の心地良さに先まで少し緊張させていた四肢を弛緩させルルーシュに身を任せた。お互いに何も言葉を発せずにただシャンプーの音だけがバスルームに響く。僕は夢心地でルルーシュの手の感触を受け続けた。


しばらくして、もう充分に洗えたと判断したのだろうルルーシュに洗い流すから目を開けるなよと声を掛けられ僕がわかったと返すやいなやシャワーを掛けられた。極力顔の方にお湯が掛からないように気を遣ってくれるルルーシュの優しさがなんだか擽ったかった。
完全に洗い流され前の方から順に手で水分を拭われたと思ったら今度はリンスをされる。いつもはリンスなど使わずにシャンプーだけで済ませてしまうので何だか変な感じがしたが、再びなされたルルーシュの手の動きがとても気持ち良かったので僕は何も言わずに再び目を閉じた。




それからはリンスを終えたルルーシュによって背中を流され、終いには前の方まで洗おうとするのでさすがにそれはと辞退すると、ルルーシュは少し残念そうにしたもののすぐにわかったと頷いてバスタオルと着替えの場所を言うなりバスルームを出て行った。
その姿を見送って僕は急いで体を洗うと、適当に髪と体の水分をタオルで拭って着替えを手にする。洋服は僕が見たことのないものだった。ルルーシュの物だろうか?それにしてはルルーシュらしくないデザインだ。僕は物珍しい思いでそれを一瞥してから手早く身に纏ってバスルームを後にした。





廊下に出て少し歩くと、ルルーシュが壁に立って待っていた。
「早かったな」
「うん、ルルーシュが大半やってくれたから」
言葉にすると少し恥ずかしい気もしたが、それよりもなんとも言えない心地良さ、浮遊感が勝っていた。そんな僕の気持ちがわかったのだろう、ルルーシュは少し目を細めると来いと言って僕の手首を掴んで歩き始める。


「いい匂いがするね」
夕食?と僕が聞けば、そんなところだとルルーシュから返ってきた。その言葉に僕はふぅんと返して、階段を昇り始めるルルーシュにようやく僕たちがルルーシュの部屋に向かっていることに気がついた。
「あれ?下に行かないの?」
「先にお前のソレを何とかする」
ソレ。ルルーシュは部屋の扉を開けながら僕の頭を指して言う。
確かに僕の頭はタオルで軽く拭っただけあって雫が滴るほどには濡れそぼっていた。
よくよく見るとルルーシュの手にはいつの間にかドライヤーが握りしめられている。きっと僕がロクに髪を拭かないのを見越して最初から用意してあったのだろう。
ルルーシュに促されてベッドに座ると肩に掛けていたタオルで髪をわしゃわしゃと拭かれ、ある程度水分が飛んだのを確認したところで今度はドライヤーを当てられた。火傷しないように距離を保ちつつ手櫛によって乾かされていく髪。手の感触が気持ちいいのと風呂後の脱力感も相まって再び僕は思考力を飛ばしてしまう。きっと今、何らかの襲撃にあったとしても僕はろくな抵抗も出来ないだろうがそんなことすらも僕の頭の中には無かった。





カチン、音がしてようやく僕はあぁ終わったのかと認識する。
視界には手早くドライヤーを片づけるルルーシュ。ぼうっとその姿を見上げる僕にルルーシュは近付いて来て、パチン、と軽くデコピンをくれた。痛くはなかったけど完全に呆けていた僕ははっとして慌ててルルーシュに焦点を合わせる。そんな僕にルルーシュは笑って手を差し伸べていた。
「いつまでも呆けてないで行くぞ」
「・・・ルルの意地悪」
「なんだ、そんなに気持ち良かったのか?」
「・・・うん」
「そうか、それは良かった」
ルルーシュが目を細めて笑う。
そんな他愛の無いやりとりも嬉しくてさっきまではいまいち認識できていなかった幸福感が今更大きな波となって押し寄せてきた。夢心地。あぁ僕はやっぱりこの人が好きだな、そう実感する。

唐突に。

ルルーシュの手に触れたくなって、若干の不安を持ちながらも今度は僕から手を繋いでみた。(先までは手首を掴まれていた)


いつもであれば例え拒絶されたり怒られたりしたとしてもそんなに気にしたりはしない。何しろ日常茶飯事だしそんなやりとりも僕には楽しく感じられたのだから。だけど今の僕は先までの幸福に蕩かされきってしまっていて、この状態では些細な拒絶にも耐えられそうになかった。でもどうしてもルルーシュと手を繋ぎたくて、欲求を抑えられずにいつもは怒られてしまう行為だけれど今日は大丈夫だろうか、拒絶されたりしないだろうか。そんな不安を抱きながらも恐る恐るルルーシュの手を握ったのだ。
ルルーシュはそんな僕をちらりと見て、しかし何も言わずに手を握り返してくれた。そんな些細なことに僕はとてつもなく嬉しさを感じて調子に乗って今度は指と指まで絡める。(所謂恋人繋ぎ)
でもやっぱりルルーシュは何も言わずにそれどころか更に強く強く握り返してくれた。その力の強さに、僕は意味も無く涙が出そうになってしまったがなんとか耐えた。(ルルーシュに相応しくなるために僕は出来るだけ泣かないように心掛けているのだ)涙を堪える僕はただただルルーシュに引っ張られて足を進めていくばかりだった。



そんなルルーシュが足を止めたのは、ダイニングに続く扉の前に着いた時だった。匂いはその扉の向こうから最も強く感じ、先ほどルルーシュが言っていた通りにこの向こうに夕食が用意してあることは感じとれるのに、ノックをしたきりいつまで経っても扉を開けようとしないルルーシュに僕は首を傾げた。
「ルルーシュ、開けないの?」
「あぁ」
肯定を返されてしまった。
よもやそんな返事が来るとは思っていなかった僕はさすがに少し困惑して、
再度口を開こうとするが―――、
「お兄様、終わりました」
中から聞こえてきたナナリーの声に断念した。
次いで疑問。

(終わった?何が?)


スザクが首を傾げていると、ルルーシュが今まで繋いでいた手を外して僕の背中を押してくる。


(開けろ、ってことかな?)


「いいの?」
「あぁ」
僕は意味もわからず、とりあえず了承を得たのだからと扉を開けた。

開けて、






僕は言葉を失った。










色とりどりに飾り立てられたリビングテーブルの上。
そこには所狭しと並べられたたくさんの日本料理と、その料理に囲まれるようにして置かれているテーブルで唯一の異国菓子、チョコレートのデコレーションケーキが中央に鎮座していて。ケーキのプレートに使われているホワイトチョコレートの上には、繊細な筆跡で、




――――Happy birthday dear Suzaku.







「う、そ・・・」
「嘘なものか。お前のために全部用意したんだぞ」


言われて部屋を見渡せば、すぐに手間が掛かっているとわかるような装飾が部屋中を覆っており、正面の椅子に座っているナナリーは満面の笑みでスザクの方を向いている。
慌てて僕が隣りに視線をやれば、ルルーシュも僕の方を見て優しく微笑んでいた。
そうして僕は、
ようやくすべてを理解した。



朝からルルーシュがいなかった理由。
夜の7時にクラブハウスへ来いと言った理由。
何をしても怒ることなく優しく甘やかしてくれたルルーシュ。
すべて、すべて、この為。


7月10日だったから・・・




「スザク、誕生日おめでとう」
「スザクさん、誕生日おめでとうございます」


その言葉にはっとして僕が二人に視線をやれば、
本当に嬉しそうに微笑んでくれる2人。


小さい頃、初めて出逢ったあの時からずっと特別だった2人。
その2人が今、スザクの目の前で、スザクが生まれたことを心から祝福してくれている。
スザクに存在を許してくれる。
生きていていいのだと、言葉ではなく態度で伝えてくれる。



スザクはもう、それだけで十分だった。
それだけで、スザクはこれから先、どんなことがあっても生きていける気がした。



スザクの生きる意味が、そこにあった。





「いつまでも突っ立ってないで、早く席に着いたらどうだ?」
言葉こそ素気ないものの、そう言うルルーシュの瞳は慈愛に充ち溢れていて僕は再び堪らないような気持ちに胸が締め付けられながら、うん、と頷いて僕のために用意されたのだろう席に着いた。
テーブルの上には、今ではもうほとんど見ることの叶わなくなった小豆の赤飯、鱈と昆布の吸い物に、芋の揚げ煮や焦げ目ひとつないだし巻き卵、小鉢にある海苔を見れば、中には摩り下ろした山芋が巻かれていて。定番の肉じゃがまである。他にも煮物、蒸し物、焼き物と、日本料理伝統の献立がそれぞれ小さな器にたくさん並べられていた。器ひとつとっても厳選して選ばれているのだとわかるそれらに、2人の愛情の深さが伝わってくるようだった。


「このお料理はすべてお兄様が作ったんですよ」
飾り付けは私が咲世子さんに手伝ってもらいながらしたんです、そうはにかみながら説明をするナナリーにルルーシュも、最後の方は俺も咲世子さんに手伝ってもらったけどな、と笑いながら返す。きっと手伝ってもらったというのはスザクを風呂に入れたからなのだろう。どこまでも自分のために心を砕いてくれる2人。
「・・・うん、どっちも本当にすごいよ。飾り付けは本当に綺麗だし、料理は、よくこんなに、」


繊細さが要求され下準備も多い日本料理。それをよくこの数。ナナリーも目が見えない中、いくら手伝ってもらったとはいえその作業は大変だったろうに。疲れも見せずに、むしろとても嬉しげに語ってくれる。
「7年前はこんな風に祝えなかったからな」
「お兄様と相談してどうお祝いするかずっと考えていたんです。本当はみなさんもご一緒にお祝いしようかとも思ったのですが、今年だけは、小さい頃に戻ったような気分で3人でお祝いをしたくて・・・」
やはりみなさん御一緒の方が良かったでしょうか?そう眉を下げながら不安げに尋ねてくるナナリーに僕は慌てて首を振った。
「ううん!全然だよ!僕嬉しくて、すっごく嬉しくて!だって、こんな誕生日初めてなんだ・・・小さい頃からずっと憧れてて、でも色々あってうまくいかなくて、諦めてて・・・なのに、なのにこんな暖かい、幸せな誕生日が過ごせるなんて、僕なんかが・・・本当に夢みたいなんだ、こんな幸せな誕生日!こんな・・・」

こんな、家族みたいな・・・


「家族だろう」


え?
まるで心を読んだかのようにタイミング良く掛けられた言葉に、僕は驚く。
「俺たち、家族だろう。7年前に出逢って、そしてみんなで笑い合ったあの時からずっと」


だからこうやって祝うなんて当たり前なんだ、そう言ってルルーシュは照れているのか、顔を逸らして僕に言う。その言い方は本当にぶっきらぼうだったけれど、でもその分心で伝えていてくれる気がして。


だからスザクはもう一度部屋を見回した。


ナナリーはずっと考えていたと言っていた。
それはそうだろう、と思う。昨日今日思いついたくらいではここまでの用意は出来ない。飾り付けから料理、食器まで・・・。
この部屋は本当に僕のことを思ってくれた証だ。

心優しい彼らが、きっと、ずっとずっと悩んで、考えて、
そうして出来たスザクにとってこれ以上ない世界で唯一の、
家族として僕を受け入れてくれる場所。
僕の家――。
きっと、君らがいるところが僕の。
ならば、


「そう、だね・・・僕たちは家族だ」


僕がそう言うとルルーシュとナナリーはとても嬉しそうに微笑んでくれた。
君たちが家族なのだとしたら、僕はとっくに帰る場所を見つけていたんだ。



あぁ何てことだろう・・・

ここにきてようやくルルーシュの守りたいものがわかるだなんて!


今まで僕はこれっぽちも理解していなかったのだ。
ルルーシュが好きだと、ナナリーが大切だと言うその口で、
不確かな正義を口にしていた自分。


だけど、だけど本当に大切なものがあれば正義だなんて・・・
正しいか間違っているかだなんて関係が無いのだ。


何を守って何を喪うか・・・
ただその二つしかない。
ならば、僕は、


君達を守るためならば何でもしよう。


ずっと、ずっと守り続けよう。
僕の大切なものを・・・
僕の帰るべき場所を。
だから、
君たちはずっと笑っていて?
僕がそのために何でもするから、



だからどうか僕の大切な場所でずっとずっと笑っていてください。





誕生日だから、これくらい言うこと聞いてくれても、いいよね?
神などにではなく、自分に誓うから。



すべては君たちのために。



今日のこの日に僕を祝福してくれた君たちのために・・・








どうか祝福を―――。










+++

スザクゲット。
誕生日を使ってスザクを落とすだなんてなんて姑息な手を使うのかとお思いでしょうがルルーシュはそんな手を使ったつもりは一切ありませんのでご安心ください。
きっとこのしばらく後には、ゼロバレしたルルーシュへ騎士団に入れて欲しいとスザク直々ガウェインの専属通信に連絡が入るのです。
勿論手土産は特派で。セシルさん黒いわけではなくて大切なのがブリタニアではなく特派だといいな、なんていう妄想です。

ちなみにこれまだ続きがあります。
だってまだプレゼント渡してないしキス(未然)の件も消化不良だし・・・
だから多分続きは裏で・・・
こういう中途半端なの多いなと思いつつも、もうどうしていいかわからないのでとりあえずこれでup。
あと1ヶ月あれば、と思ったところで既に1ヶ月近く遅れている身では何の言い訳にも・・・遅い上にこんなのでごめんなさい・・・orz

でも何はともあれスザクさん、お誕生日おめでとうございます。
ルル至上ですがスザクさんのことも大事に思っておりますよー
だからどうかスザクさんもルルさんのことを大事にしてやってください(謎)

24話と25話が怖し・・・

>>back